赤ちゃんの選挙権を考える:政治で、赤ちゃん(子ども)と大人を比べてみる

 〇才の赤ちゃんに、選挙の権利を与える。野党の日本維新の会はそうした政策を言っている。

 未来の世代をくみ入れて行く。高齢者の世代へのかたよりを改めるために、〇才の赤ちゃんにも選挙権を与えるべきなのだろうか。

 たしかに、人口の構成が日本はいびつになっているのはある。超高齢の社会になっているから、上が重くて下が軽い。高齢者の世代が力をもちやすくて、若者が力をもちづらい。高齢者にかたよった民主主義がおきてしまう。若ものへの負担が重くなっている。

 創造性の点から見てみたい。どれくらい創造性があるのかがある。〇才の赤ちゃんは、創造性がほぼ〇に近い。政治における創造性が無に等しいのが〇才の赤ちゃんや小さい子どもたちだ。ほとんど創造性を持っていないのだから、選挙の権利を与えても意味があるとはできづらい。

 あるていど創造性を持っているのでないと、たとえ選挙の権利を持っていてもふさわしい使い方ができるものではない。教育によって、政治についてを知って行く。最低限の政治の知識を知っているのでないと、創造性が高まらない。

 〇才の赤ちゃんや小さい子どもに比べて、大人はどれくらいの政治の創造性をもっているのかがある。もしかしたら、創造性の点では、〇才の赤ちゃんと大人とで、そんなに差はないかもしれない。

 大人は、ちゃんと政治に参加しているのかといえば、必ずしも参加していない。政治について知って行こうとしているのかといえば、必ずしもすべての大人が知って行こうとしていない。

 選挙の権利を使わない。参加しない。政治について知って行こうとしない。棄権や、無知だ。それらがかえって合理性を持つ。合理の棄権や、合理の無知だ。そんかとくかでは、選挙を棄権したり政治を知ろうとしなかったりするほうが得をする。

 むりやりにすごく低い年齢の赤ちゃんや子どもを政治に参加させようとすると、形だけの参加になってしまう。形だけの参加の点では、大人においては、形だけの参加にすらなっていないところがある。形だけの参加すらしていない大人も少なくないのだ。

 すごく創造性が高いとは言えないのが大人だ。きびしくいえば、〇才の赤ちゃんや小さい子どもがもっている創造性のていどとそこまで変わらないかもしれない。

 なんで大人の創造性がそこまで高くはないのかといえば、人を選ぶのがむずかしくなっているためなのがある。人を選ぶのがかんたんではない。うまく人を選びづらくなっているから、変な人が選ばれてしまう。おかしな人が選ばれて、ちゃんとした人が落ちてしまうのである。

 かつてに比べて今はどういう人を選んでよいのかが分かりづらい。だめな人が選ばれやすくなっている。だめであればあるほど上の地位に上がって行く。だめな人がどんどん上の地位に行く。グレシャムの法則が働く。

 小さい子どもと大人とで、そこまで創造性に大きな差はない。かえって、ちいさい子どもたちのほうが大人よりも創造性が高いかもしれない。ためしに、あくまでも仮定の話にすぎないけど、小さい子どもたちや未成年に選挙の権利を与えて、大人の選挙権をはくだつする。大人は政治に参加させない。子どもや未成年だけで選挙をやってみたら、すごい政治が良くなるかもしれない。

 いじめや差別がある。大人においてはそれらが多くおきている。かたよった思想の傾向(ideology)にそまってしまう。まだ小さい赤ちゃんや子どものころなら、ごりごりの思想の傾向にそまっていない。いじめや差別をなしづらい。大人の悪いあり方に染められる前であれば、他者の排除がおきづらいのである。差別主義者の赤ちゃんはいない。

 かしこくてちゃんとした大人だけではなくて、ばかでおろかな大人は少なくない。大人の本質をぎんみしてみるとそういった批判がなりたつ。よくよく見てみるとそこまで創造性が高くはなさそうなのが大人だけど、まずはとにかく形だけでもよいからもっと政治に参加することがいる。

 創造性は必ずしも高くなくて良いから、政治に参加して行くようにして、選挙の投票率がもっと上がったほうがよい。投票率が高いほうが良いのかどうかは色々な意見があるかもしれないけど、もっと高めたほうが良いのだと見なしたい。政治に緊張感がおきるようにするためにだ。民主主義のぜんまいをしっかりと巻いて行く。いまの日本では、民主主義のぜんまいが十分に巻かれていない。

 小さい子どもと大人のあいだで、創造性の高低の線引きが必ずしもきっちり引けないのと同じように、大人の中においても、政治の創造性の高低の線引きは必ずしもきっちりとは引きづらい。すべての大人は、政治において、何らかの意味あいでばかである。おろかである。

 寄りではなくて(距離をとって)引きで見てみると、大人どうしの中でそこまで創造性に差はなくて、かしこさとおろかさのあいだの線引きはきっちりとは引きづらい。政治においてそんなにかしこいことができているとは自信をもって胸をはれるのではないのが大人だ。

 政治においては賢人や選良はなりたちづらい。みんな似たりよったりだから、みんなで政治に参加して行く。形だけであったとしても、政治に参加することに値うちがあるのだとしてみたい。

 政治の参加者をもっと増やして、包摂して行く。外国人で、政治への参加がこばまれていて排除されてしまっている人たちがいるから、そうした人たちを包摂して行くことがいる。外国人をふくめて、すべての納税者が政治に参加できたほうがよい。政治への参加者のはばを広めて行きたい。

 参照文献 『どうする! 依存大国ニッポン 三五歳くらいまでの政治リテラシー養成講座』森川友義(とものり) 『政治参加で未来をまもろう』首藤(すとう)信彦 『創造力をみがくヒント』伊藤進 『個人を幸福にしない日本の組織』太田肇(はじめ) 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『政治学入門』内田満(みつる) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『「他者」の起源(the origin of others) ノーベル賞作家のハーバード連続講演録』トニ・モリスン 荒このみ訳 『アイデンティティ(identity) / 他者性(otherness) 思考のフロンティア』細見和之(ほそみかずゆき) 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき)