共産党は、どのように党の長を選ぶべきなのか―非民主の選び方でも(のほうが)良いのか

 共産党は、民主によって、党の長を選ぶべきなのだろうか。

 民主の手つづきによって集団の長を選んだとしても、良い人が長に選ばれるとはかぎらない。民主によったとしても、そこから独裁者の長が選ばれてしまうことがある。ナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーは、民主主義によって選ばれた。

 大衆迎合主義(populism)になってしまうと、たとえ民主主義によっていたとしても、独裁者が集団の長として選ばれてしまうことがある。

 民主主義には欠点があるのにしても、かりに、民主の手つづきによって党の長を選ぶべきだと言えるとする。日本共産党にたいしてそう言えるとすると、民主主義の良さをいくつかあげられる。

 形式の合理性があるのが民主主義のよさの一つだ。民主の手つづきによって集団の長を選ぶのであれば、形式の合理性があるので、形式論としては合理性を満たすことができる。形式ではなくて、実質論として見てみると、実質によい人が長として選ばれるとはかぎらないのはたしかだ。

 長の選び方を比べて見てみたい。たとえ民主によるのだとしてもだめな(良くない)長が選ばれることはあるけど、民主ではない独裁などによるのなら、(民主によるのよりも)なおさら良くない選び方であるところがある。

 民主の手つづきで長を選んだとしても、その長を批判することができるし、批判するべきことがしばしばある。だめな長が選ばれたのだったら、その長を批判するべきである。

 独裁のように、民主の手つづきによっていないのであれば、なおさら、長を批判することがあってよいものだろう。より強い理由(a fortiori)によって、批判によるようにすることがあってよい。形式の合理性を満たしていないのであれば、それを満たしているものよりも、より批判がいることがばあいによってはある。

 安定しやすいのが権威主義であり、不安定になりやすいのが民主主義だ。いっけんすると安定していたほうが良くて、不安定なのは良くないかのようだけど、そうとは言い切れそうにない。

 不安定なのが民主主義であり、それによって、ひずみやゆがみをこまめに外に吐き出すことができやすい。ひずみやゆがみを内にためこんで、それらが大きくなるのを避けやすい。

 権威主義は安定しているけど、ひずみやゆがみを内にためこんでしまいやすいのがある。負のものを内にためこみつづけて、あるときにそれがどかんといっきょに外に出ようとする。すごい大きな変動がおきてしまう。

 自我が不安定で、不確実なのが日本人だ。不確実さをかかえているので、権威主義によりやすい。集団の上に立つ長を、権威化しがちだ。長にすがりがちである。集団そのものである日本の国を権威化して国にすがるのがあるし、他国であるアメリカを権威としてすがるのもある。日本はアメリカに従属や依存している。よくないことだ。

 弱い個どうしの連帯によるのが民主主義だ。強い個を長として上に立たせるのではない。強い個が長になって、集団の上に立つのだと、民主主義ではなくなってしまう。

 強い個が長になって上に立つのだと、いっけんすると良いようだけど、長が超越の他者(hetero)になってしまう。超越の他者である長に、下の者が動かされることになる。他律(heteronomy)のあり方だ。

 いったん強い個が長として上に立つと、それをやめさせづらい。矛盾がおきることになってしまう。強い個の長であるねこの首に、どのねずみが鈴をかけに行くのかが問われることになる。どのねずみも、ねこの首に鈴をかけることができない。やめさせるべきときに、強い個の長をやめさせることができなくなってしまう。

 民主主義によっていれば、強い個はいなくて、弱い個どうしの連帯によることになるから、他律を避けやすい。自律(autonomy)によることができやすい。

 いくら正しいのだとしても、超越の他者の長によって動かされてしまうのだと、他律のあり方になってしまうからのぞましくない。日本の戦前でいえば、超越の他者に当たるものとして天皇がいた。

 天皇は神であり正しいのだとされていて、まちがうことがない無びゅうだとされていた。人間だったらまちがうことがある可びゅうによるけど、神だから天皇はまちがうことがないのだとされていたのである。

 合理性に限界があり、限定された合理性しかもっていないのが人間だ。まちがいがつきものであり、可びゅうによる。うそが証明できる可能性である、反証の可能性をつねに持つようにしなければならない。反証主義からすればそうできる。

 民主主義であれば、強い個ではなくて弱い個が(さしあたってのものとして)長として選ばれることになるから、相対主義によることができやすい。学者のハンス・ケルゼン氏によると、政治における相対主義の表現なのが民主主義だ。

 自分たちの党がぜったいに正しいのだとするような絶対化や、ぜったいにまちがうことがないのだとする(日本の官僚制のような)無びゅう主義を避けることができやすいのが民主主義だろう。

 参照文献 『民主主義の本質と価値 他一篇』ハンス・ケルゼン 長尾龍一、植田俊太郎訳 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『社会的ジレンマ 「環境破壊」から「いじめ」まで』山岸俊男現代思想を読む事典』今村仁司編 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『日本人論 明治から今日まで』南博 『組織論』桑田耕太郎 田尾雅夫