新宗教が、自分たちで記者会見をひらいて、説明を行なう。
韓国の新宗教(旧統一教会)は、記者会見をひらいて、そのもようが、テレビで報じられていた。
記者会見をそのままたれ流すのではなくて、そくじにきびしいつっこみを入れて行く。テレビ番組の中には、そういった形で報じる番組もある。
言っていることをそのままたれ流すのではなくて、すみやかに、同時につっこみを入れながら報じるテレビ番組のやり方を、どのように見なすことができるだろうか。
新宗教の集団が記者会見で言っていることを、そのままたれ流して報じてしまうと、雨だれ式のあり方になってしまう。この人またはこの集団はこう言ったとするだけの報じ方だ。
言っていることをそのままたれ流さずに、すかさずつっこみを入れながら報じるテレビ番組のやり方は、そこに思考がはたらいていると言えるだろう。思考をはたらかせながら報じるのは、新宗教の集団はこう言っている、で終わらせずに、それについてわたしはこう思う、とする報じ方だ。
テレビは速度の速さが良しとされるものだから、最短の距離によるやり方になりがちだ。この人またはこの集団はこう言った、とするだけの報じ方は、最短の距離のものだ。
思考をはたらかせるようにするのは、最長の距離のものだ。この人またはこの集団はこう言っているが、それについてわたしはこう思う、とする報じ方にする。
思考をはたらかせるのは、ことわざでいう石橋を叩いてわたるの、石橋を叩くものだ。石橋を叩かないのは、思考をせずに、たんに、この人またはこの集団はこう言ったとするだけの報じ方であり、最短の距離だ。
新宗教の集団にたいしては、石橋を叩くような報じ方をやっているテレビ番組が中にはある。よい報じ方をやっているけど、宗教にたいしてはそれをやろうとすればできるけど、政治にたいしてはそれはできづらいのが日本だろう。
どちらかといえば宗教にたいしては石橋を叩く報じ方ができやすいが、政治にはできづらいのがあり、石橋を叩くのが禁じられるのが強い。政治では、石橋を叩いてはならないとする圧が強くはたらいている。
宗教にたいしてはやれているテレビ番組があるけど、政治でそれをやるようにすることが必要だ。政治でこそ、石橋を叩く報じ方がいるけど、それが行なわれていないのが日本である。
政治では、石橋を叩かせない、つまり思考をさせない圧がすごく強くはたらいているから、たれ流しの雨だれ式の報じ方がおおい。この人またはこの集団はこう言った、だけですませる報じかたが多いのである。
宗教にはできている報じ方である、言ったそばから即時にすかさずつっこみを入れるような報じ方が、政治でこそできればのぞましい。
政治そのものではないのが宗教だから、政治から少しそれているところがあるので、宗教にたいしては、思考をはたらかせる報じ方ができているテレビ番組が中にはある。
どちらも似たところがあるのが宗教と政治であり、共通点としては、どちらも思考をさせないようにする点だ。宗教だったら、信者に思考をさせないようにして、頭から信じさせる。教義をうたがわせない。教義を信じることだけが正しいのだとする。
内と外では、宗教の内にいると思考をしづらくて疑いづらいけど、その外に出れば思考しやすくうたがいやすくなる。言ったそばからすかさずつっこみを入れるテレビ番組は、宗教の内ではなくてその外にいるから思考やうたがう報じ方ができている。
日本の国の外に出て行くことは物理ではできづらいから、内にとどまることになり、国の政治にたいして思考やうたがうことができづらい。宗教だったら信者でなければその外に出ているけど、国の政治では国の内にいることがふつうだから、その外には出づらい。政治のほうが、思考をはたらかせづらくてうたがうことができづらい。国の外に出づらいからだ。
政治とはちがって宗教であれば、国の宗教(戦前でいえば国家神道など)でないかぎりは、宗教の外には出ようとすれば出られるだろう。
宗教で外に出づらいのは、洗脳されていて、心脳が操作されているさいだ。参与(commitment)が高まっていて、外に抜け出しづらくなることがある。結婚でいえば、仕組みとして参与が高くされていると、かんたんに離婚しづらい。そのほかには、学習性無気力(learned helplessness)が働いていると、外に出づらいことがある。
信者でさえなければ宗教の外には出やすいから、やりようによっては思考やうたがう報じ方ができるけど、政治ではそれがしばしばこんなんだ。政治だと、内にいやすくて外に出づらいから、それが悪用されることになる。
参照文献 『近代の思想構造 世界像・時間意識・労働』今村仁司 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『思考のレッスン』丸谷才一 『政治家を疑え』高瀬淳一 『日本国民のための愛国の教科書』将基面貴巳(しょうぎめんたかし) 『心脳コントロール社会』小森陽一