税金をかけるのにふさわしい表現と、見こむことができる利益のちがい―毒が薬に転じること

 愛知県で行なわれた芸術のもよおしでは、昭和天皇を否定するような作品があつかわれた。芸術のもよおしには税金が使われたことから、その税金の使い方はまったくの無駄となるようなことだったと言えるのだろうか。まちがった税金の使い方だったのだろうか。その点についてを利益の大小と期間の長短によって見てみたい。

 いちばん無難なものとしては、当たりさわりのないような、毒にも薬にもならないような表現を行なうことだ。それであればそこに税金が使われていたとしてもとくに批判の声はおきないはずだ。どこにも角が立たない。どこにも波風が立つことがない。それが意味することとしては、利益が小で危険性も小のあり方だ。

 愛知県で開かれた芸術のもよおしでは、表現の不自由展とされる企画が立てられて、その中で昭和天皇を否定する作品があつかわれた。この企画はどちらかといえば守りに入ったものであるよりは攻めているものだ。守りに入っているのではなくて攻めていることが意味することとして、利益が大で危険性も大のあり方になっていることをしめす。

 毒をふくむものが薬に転じることがあり、それをねらった表現は、利益が大で危険性が大のあり方になることがある。危険性が大であるために目をつけられやすい。目をつけられると毒のところがよくないのだとされることになる。毒があるのだとしてもそれが薬に転じるのがくみ入れられず、ただたんに毒のところだけしかないものだと否定に評価づけされてしまう。

 ただたんに毒なだけではなくて、それが薬に転じることをねらう表現は、刺激がつよい。刺激がつよい表現はふさわしくないと見なされることがある。もっと刺激が弱くてさしさわりがないようなものが好まれやすい。刺激が弱いものは日常の平穏さをおびやかすことがない。日常がつつがなく送れるといった保守性を強めるはたらきをもつ。

 刺激が弱くて毒がないものは、毒気が抜かれてしまっているから、ふぬけのようになってしまうかもしれない。毒が薬に転じることがあることが許容されないと、全体がゆでがえる現象のようにじょじょにゆで上がっていってしまう。そうした危なさがおきるおそれがある。全体の参与(commitment)が上昇していってしまう危なさだ。毒がないことによって、全体が同じ方向に向かって進んでいってしまう。抑制と均衡(checks and balances)がはたらかない。

 表現が行なわれる中では、できるだけ毒のある表現も許容されたほうが、表現の自由度が高い。表現の自由度が低いと日本の国のことをよしとする表現しか許されないことになり、毒のある表現が行なわれなくなる。そこで見こむことができなくなるのは、毒のあるものが薬に転じることだ。ただたんに毒があるとされることでそれが排除されてしまう。しばしば毒が必要なことがあることにたいする理解度がきわめて低いあり方だ。

 たとえ法の決まりを破ってでも自分たちの正義をおし進める。それが見られたのが、愛知県知事をやめさせる運動であり、その中で偽造した署名がつくられたという。アルバイトを募集して、偽造した署名を書かせていたとされる。そこに見られるのは、短期の利益を追おうとするあり方だ。

 手ばやく短期の利益さえ手に入れられさえすればそれでよいのだとなると、法の決まりが破られやすい。そうなると長期の利益が損なわれることになる。長期の利益が損なわれないようにするためには、法の決まりを破らないようにして、できるだけそれを守って行く。

 愛知県知事をやめさせる運動の中で法の決まりが破られる不正がおきたうたがいがあることは、短期の利益を得ることの誘惑がはたらいて、その誘引(incentive)にのっかってしまったのがあるかもしれない。公共性がかかわる政治においては、できるだけ短期の利益を得る誘引にあらがい、長期の利益にかなうようにすることが求められる。そうしないと政治において法の決まりが平気で破られることになってしまう。

 短期の利益を追う誘引がはたらくものとして、法の決まりを破ることだけではなくて、日本の国をよしとする愛国の歴史像がある。愛国の歴史像はたとえ短期の利益にはなるのだとしても長期の利益にはなりづらい。長期の視点に立てば愛国の歴史像は否定されることが多い。未来にわたってもうなずくことができるような物語としての通用性が欠けている。できるだけ短期の利益を追おうとする誘引にあらがうようにして、日本の国をよしとする愛国の歴史像に強く染まらないようにしたい。

 参照文献 『無駄学』西成活裕(にしなりかつひろ) 『文学の中の法』長尾龍一現代思想を読む事典』今村仁司編 『組織論』桑田耕太郎 田尾雅夫 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『歴史学ってなんだ?』小田中(おだなか)直樹 『日本国民のための愛国の教科書』将基面貴巳(しょうぎめんたかし) 『なぜ「話」は通じないのか コミュニケーションの不自由論』仲正昌樹(なかまさまさき)