勝つことと負けることと、負けることを引き受けること―勝ちと負けの相互依存性と科学のゆとりの必要性

 大統領選挙は盗まれた。選挙で不正があった。アメリカのドナルド・トランプ大統領はそう言っている。つぎの政権に権力を受けわたすことをこばみつづけている。トランプ大統領の言っていることはふさわしいことなのだろうか。

 勝つ者は目だちやすく、負ける者は目だちづらい。何ごとにおいてもいっけんすると目だっているものは重要なように見えるが、それとはちがって目だっていないもののほうがむしろ重要なことは少なくない。目だっているものではなくて目だっていないもののほうがむしろ重要なことは多い。

 トランプ大統領はなぜアメリカの大統領になれたのだろうか。それはトランプ大統領が選挙に勝ったからだといえるのはあるが、それをちがう点から見てみられるとすると、選挙で負けたほうが負けたことをきちんと受け入れたからだろう。選挙で負けたほうが負けたことをすすんで(またはしぶしぶであったとしても)認めた。そのことによって勝つことがなりたった。

 負けたことをきちんと認めることがあってはじめて勝つことがなりたつ。たんに勝つことがそれそのものとしてあるのではなくて、それがなりたつためには負けたことを認めることが行なわれなければならない。その条件が満たされることがいるのが立憲主義(憲法主義)だ。負けたことを認めずにそれをこばみつづけるのであれば立憲主義はなりたちづらい。

 関係主義では関係の第一次性があるとされる。勝つと負けるでは、それぞれが単独で独立して実体としてあるのではなくて、関係し合うことでなりたつ。勝つことは負けること(次に負けることの萌芽)であり、負けることは勝つこと(負けるが勝ち)だと言えないではない。

 勝つことよりも負けることのほうがより鍛えられるのがあるから、負けることによって鍛えられることにつながって、次に勝つことにつながって行く。負けたほうがそこからより多く学べるところがあるから、負けたほうが実力をつけていって勝つことにつながって行く。それがのぞめるのがある。それぞれが持っている力が変化して行く。

 負けることを認めることがまったく行なわれなければ勝つこともまたなりたたなくなる。そうなるとだれも負けていないともいえるし、だれも勝っていないともいえることになる。だれも負けていないしだれも勝っていないことになると、だれもえらくないともいえる。だれもえらくないといえるのは、だれも負けを認めようとしないからである。だれかが負けたことを認めるからこそその人がえらいのであり、負けを認める人がいるおかげで勝つ人がおきてくる。

 だれも負けを認めないのだと、立憲主義がなりたたなくなり、立憲主義が壊されることになる。立憲主義を壊してしまうのは元も子もないことだ。立憲主義がある中でそれをもとにして選挙を行なうのがあるから、もとを壊してしまったらゲームやスポーツでいえばゲームやスポーツそのものがなりたたなくなる。決まりをもとにしてゲームやスポーツが行なわれるが、そのゲームやスポーツそのものをぶち壊してしまったらゲームやスポーツそのものが行なえなくなる。

 もとにある立憲主義の原理そのものを壊してしまうのは危なさがつきまとう。その危なさを避けるためには、原理を守るようにして、原理をもとにして政治のものごとをやって行く。完全に正しいものではないのはあるにせよ、世俗の社会においては多くの人にとっておおむねよいものだとされているのが立憲主義の原理だから、それを壊してしまうと宗教による極端な真理や善を追い求めることになりかねない。

 宗教による極端な真理や善を政治において追い求めるのは近代の政教分離の原則に反するものであり、多くの人々が関わる公共性による政治の場にはなじまない。選挙で勝つことが何が何でもゆずることができないような宗教の教義(dogma、assumption)になると民主主義はなりたちづらい。前近代において宗教の宗派どうしが互いに血みどろの争い合いをしたが、そのときのあり方に逆もどりすることになる危なさがある。

 前近代においては宗教の宗派どうしが血みどろの争い合いをしたが、その反省によって近代の立憲主義がとられるようになった。近代の立憲主義では長い目で見て勝ちと負けがうまく交代することがのぞまれる。長い目で見て勝つこともあれば負けることもあるのだから、今回の負けは認めることにしようとなる。いま勝つことがすべてとかいま負けたら完ぺきに終わりになるといったものではないだろう。いまの短期の視点だけによるのは科学のゆとりが欠けている。科学のゆとりをもつようにして、負けることを引き受けられるだけのゆとりを持つようにすることが大切だ。

 参照文献 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『逆説の法則』西成活裕(にしなりかつひろ) 『憲法主義 条文には書かれていない本質』南野森(しげる) 内山奈月