消費税をはらってもらう(増税する)し方の考察

 できるだけ消費税をそのままにする。もしくは、上げる。どうすればそれらができるのか。

 いま日本では消費税にたいする租税の抵抗がつよまっている。なので、消費税にたいする租税の抵抗を弱めるようにする。

 いろいろな政党や政治家が、消費税の減税をいっているけど、それをやらない。減税をしないで、租税の抵抗を低めてしまう。それか、消費税にたいする誘引(incentive)を高めるようにする。

 日本人がもつ、弱みがある。弱みを悪用する。弱みをつくようにして、それで消費税にたいする租税の抵抗をひくめたり、誘引を高めたりする。

 名まえを変えてみる。名前を変えることによって、消費税の定義づけを少し変えてみる。修辞学でいわれる、類または定義からの議論だ。

 軍に弱いのが日本人だ。軍にさからえない。なので、消費税の名まえを、軍事税や軍部税とする。それに似たものとして、防衛税、強兵税、経済安全保障税がある。防衛省の予算はどんどん増えていっているから、日本人には受け入れられやすい。防衛省税とすれば、受け入れられやすそうだ。

 みんながやっている。なので、あなたもやるべきだ。日本人はみんながやっていることには弱いから、みんなが払っている税とか、みんなが払う税、とする。みんなで払う税だ。

 権威によわい。権威主義が強まっているのが日本だから、権威をつかう。権威化されたものとして、他国ではアメリカがある。アメリカ税とする。アメリカへの思いやり税である。中国にたいする嫌悪が高まっているのがあるから、対中国税とする。

 まっとうなやり方で、消費税への租税の抵抗を低めるのや、誘引を高めるやり方もある。ごまかしのものではないものとしては、日本の政治をよくして行く。構造の改革をやる。言葉の政治をなす。政治の信頼を高めていって、政治への不信をへらすようにすれば、消費税をそのままにしたり、上げたりすることがのぞめる。

 不利益の分配の政治を避けられなくなっているのがいまの日本だ。利益の分配の政治ができなくなっているから、できるだけまっとうなやり方で、消費税をふくめた税金への租税の抵抗を低めることがいる。税金への誘引をたかめて行く。

 あんまり政治家が努力しなくても、税金への租税の抵抗が低くなりやすいものがある。もとから税金への誘引が高いものが中にはあり、それは軍事に関わるものだ。軍事にかかわる税金は上がっても受け入れられやすい。そのしょうこに、防衛省の予算はかつてにくらべてどんどん増えていっている。防衛省を引き合いに出して、増税のために使えば、日本の税金を上げて行きやすいだろう。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『日本人論 明治から今日まで』南博 『山本七平(しちへい)の思想 日本教と天皇制の七〇年』東谷暁(ひがしたにさとし) 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや) 『右傾化する日本政治』中野晃一(こういち) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『国体論 菊と星条旗』白井聡(さとし) 『年金の教室 負担を分配する時代へ』高山憲之(のりゆき) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『新書で大学の教養科目をモノにする 政治学』浅羽通明(あさばみちあき) 『国家の役割とは何か』櫻田淳(さくらだじゅん)

高市首相の大勝利:大勝ちの正当性(justice)を問いかける

 よい勝ち方をしたのが高市首相なのか。

 すごく大きく勝ったのが、与党である自由民主党高市早苗首相だ。二〇二六年の二月八日の日曜日に投票と開票がなされた衆議院議員の選挙である。

 なっとくする人もいれば、人によってはびっくりするほどの勝ち方だ。びっくりなのはあるけど、よい勝ち方だったのだとは必ずしもできそうにない。

 人気が先行した。受けがすごくよかったのがあり、それで高市首相は選挙で大きく勝つことになったのだという。人を引きつける力が高かったようである。

 ふ分けをしてみたい。目的と手段の二つをふ分けしてみる。目的は、哲学でいわれる超越(ちょうえつ)だとしてみたい。手段は、これも哲学でいわれる超越論にあたる。

 もともとの哲学でいわれる超越は、人が経験できる領域をこえ出た認識をさす。超越論は、経験をこえてものごとを認識するための、といった意味あいである。方法論をさす。『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志による。

 よくとりちがえしやすいのが超越と超越論だ。政治においてもよく取りちがえがおきる。高市首相はこの二つを取りちがえている。ふ分けできていない。ふ分けして、適した重みづけができていない中で、選挙で大きく勝ったのである。

 いちばん重いものなのが超越だ。目的である。政治においていちばん重いものである超越は何なのかがある。日本の国がいちばん重いのかといえば、そうではない。日本の国体がいちばん重いのとはちがう。与党である自民党の利益がいちばん重いのともちがう。

 政治における超越は、個人の尊厳(尊重)だ。個人主義によるものである。個人主義とはちがう考えもあるから、ちがうものを超越とすることもできなくはない。色々なちがうものを置くことはできるけど、その中で個人の尊厳を置くようにしてみたい。

 選挙をやるのだったら、政治においていちばん重いものだとできる超越のところを、いちばん強くたくさん言う。個人主義としてふさわしいものだ。個人を重んじる近代の思想に合う。近代化は、個人化や個別化だ。

 重さがあんまり重くないものである、手段にあたる超越論をいっぱい言っているのが高市首相だろう。重みづけをしたさいに、重さが軽いものだとできる超越論をたくさん言って、そこを強めている。

 軽いものを重くしてしまい、それで選挙に勝ったのが高市首相なのだから、よくない勝ち方だ。勝ったとはいっても、そこまで正当だとはできそうにない。正当さに欠ける。

 正当性を問いかけてみる。選挙のときだけにかぎらないけど、選挙をやるのだったら、超越をいちばん重んじることがいる。個人の尊厳をもっとも重んじて行く。近代の憲法である、いまの日本の憲法をしっかりと守って行く。

 そんなに重んじなくてもよくて、強めなくてもよいものなのが、超越論だ。何よりも強く力点をおかなくてもよいのが超越論なのにもかかわらず、そこを強めているのが高市首相だ。正当性を問いかけてみると、超越のところがおろそかになっているので、正当さが低い。高くない。たとえ選挙で大きく勝ったとしてもだ。

 まっとうなあり方としては、ちゃんと超越のところを重んじていって、それで政治をやるようにする。超越のものである個人の尊厳をすごく重んじるようにして、その他のことである超越論はあんまり重んじなくてもよい。超越をなすのにふさわしい適した超越論をゆとりを持ってさぐって行くようにするので十分だ。

 事実と価値をふ分けしてみる。事実としてすごく大きく勝ったのは否定できない。高市首相が選挙ですごく勝ったのはたしかであり、そこはびっくりするほどのものではあるけど、そうだからといって、事実から価値は出てはこない。事実は事実であって、価値はまた別のことがらである。方法の二元論だ。

 すごい悪い政治家だったナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーは、すごく勝った。選挙ですごい勝ったのがヒトラーだけど、その事実から、価値は出てはこない。事実としてヒトラーが勝ったのだとしても、だからといってヒトラーが政治家として良いことにはならず、悪い政治家である。価値は正ではなくて負である。

 ヒトラーは、たとえ勝ったとしても、超越である個人の尊厳を重んじなかった。日本を見てみると、高市首相もまた、選挙で大きく勝ちはしたけど、超越である個人の尊厳をぜんぜん重んじられていない。超越論のところばかりを言っていて、そればかりを重んじている。

 人々をすごい引きつける力があったのがヒトラーだ。それと比べてみて、高市首相もまた、日本の人々をすごく引きつける力をもつ。人々に大きく受けるのがあり、それで高市首相は選挙で大きく勝つことになった。

 そっくり同じとは言い切れないにしても、ヒトラーほどには悪くないとか、それとはちがうのだとするためには、超越を重んじるようにする。超越を重んじないで軽んじるのだと、ヒトラーと多かれ少なかれ似たものどうしになりかねない。

 全体主義がある。専制だ。国は、あっても必ずしも悪くはない。それが全体化するとよくない。わるい体制だ。日本はわるい体制になっている。きびしく見ればそうできる。みんなが同じ考えをもつことを強要する体制だ。高市首相が選挙ですごく勝ったところにそれがあらわれ出ている。全体主義のよくなさだ。

 超越は重くあるべきだけど、それが軽んじられているので、よくない勝ち方だ。へんな勝ちかたであり、わるい勝ちかたである。よい勝ち方とはできそうにない。正当性を問いかけてみると、選挙で勝ちさえすればそれでよいとはできないことになる。勝てばよいのだったら、ヒトラーは事実として勝ったのだし、イタリアのベニート・ムッソリーニもまた勝ったのがある。

 政治においてかんじんなことは、選挙で大きく勝つことであるよりも、超越を重んじるようにすることである。正当性を問いかけてみて、取りちがえがおきていないかどうかを見てみると、高市首相は取りちがえをしているから、よくない。やり直し(redo)をしなければならない。やり直しをして、超越論ばかりを言っているのをやめる。

 超越論は軽くてもよくて、そこは重くしないようにする。重みづけを改める。重みのつけ方をやり直さないとならないのが日本の政治である。まちがった重みのつけ方で政治をやっても、よいあり方にはなりそうにない。選挙で勝ったとしてもあまり意味がなくなる。

 いちばん大事なものとはできづらいのが選挙の勝ちだ。民主主義では重いものであるとはいっても、あくまでも超越論にあたるのが選挙なのだから、超越のほうがより大事だ。超越を重んじるようにすれば、やり直しの機会を増やして行ける。

 やり直しの機会をどんどん増やすようにしていって、もっとさまざまな人たちの色々な考えが政治に生かされるようにしたい。いまの日本の政治は、やり直しの機会が少なく、とぼしいから、機会をたくさん増やすことがいる。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹超訳 日本国憲法池上彰(いけがみあきら) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『ヒトラーの正体』舛添要一(ますぞえよういち) 『本当にわかる論理学』三浦俊彦ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』舛添要一 『正しく考えるために』岩崎武雄 『希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『国体論 菊と星条旗白井聡(さとし) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『ラクして成果が上がる理系的仕事術』鎌田浩毅(ひろき) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『〈現代の全体〉をとらえる一番大きくて簡単な枠組 体は自覚なき肯定主義の時代に突入した』須原一秀(すはらかずひで) 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『知の技法』小林康夫 船曳建夫(ふなびきたけお) 『シャルリ・エブド事件を考える ふらんす特別編集』鹿島茂関口涼子堀茂樹編著 『日本語の二十一世紀のために』丸谷才一 山崎正和 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく)

日本政治のやり直し(redo):実質(実体)対形式(手つづき)の正義

 失われた三〇年がある。日本はこれからどうするべきか。

 実質論に当たるのが、失われた三〇年だ。

 二つにふ分けしてみたい。実質論と形式論にふ分けしてみたさいに、あんがい言われていないのが、形式論のところだ。

 実質論ばかりが言われてしまっている。形式論が言われることがあまりない。そこで、あんまり言われていないものである形式論に重みを置いてみたい。形式論のところに論点をおく。

 じっさいの日本のありようなのが実質だ。失われた三〇年なのは、じっさいの日本のありようが悪いのをさす。日本の経済がうんと良いのであれば、それもまた実質のことがらだ。

 法の決まりは、形式にあたる。民主主義は、形式としての合理性だ。形式における合理性なので、必ずしも実質のよし悪しを保証しない。過程(process)の手つづきのところや、制度は、形式にあたるものだ。

 ばあい分けをしてみる。四つの組み合わせがなり立つ。十の字の分類づけだ。実質も形式もよい。実質はよいけど形式は悪い。実質は悪いが形式はよい。実質も形式もどちらも悪いのがある。

 二つを比べてみる。二つのうちでより分かりづらいのが実質だ。実質のよし悪しはよく分からない。客観や本質に実質がよいとか悪いとかは言いづらい。それに比べると、形式のよし悪しは少しだけとらえやすい。

 かんじんなものなのが実質だとされがちだけど、欠点をもつ。重みを置かれがちなのが実質なのだとしても、実質のよし悪しは客観や本質にはとらえづらいから、人それぞれでちがう。実質が悪いとする人もいれば、そうではなくてよいのだとする人も出てくる。二律の背反だ。どちらもなり立つ。

 科学のゆとりをもつ。ゆとりを持ってみれば、どちらかといえば分かりづらいものである実質については、あと回しにする。客観や本質にはよし悪しが分かりづらいのが実質なのだから、それはあと回しにして、先に形式を改善して行く。形式を改めるようにして行く。

 先にやったほうがよいものなのが形式の改善だけど、日本はそれをあと回しにしてしまっている。形式を良くするのをなおざりにしていて、実質を良くして行こうとしている。順番としてふさわしくないあり方なのが日本の政治のありようだろう。

 そんなに夢みたいにはよくできづらいのが実質だ。天国みたいにはよくできづらいのが実質であり、それよりも形式のところをこつこつと良くしていったほうが現実性がある。部分の社会工学(piecemeal social engineering)によって、形式のところを少しずつ良くして行く。

 日本の中の誰もかれもが良いと見なせるような実質のあり方にはできづらい。心情としては、いきなりじかに日本の実質をよくしようとするのは分からないわけではないが、いきなりではなくて間接にやって行く。形式を経るかたちで間接に日本の実質をよくするほうがよいやり方だ。

 ばあい分けをした四つのうちで、結果論がある。帰結主義だ。功利主義である。結果がよければあとはどうでもよいといったものだ。実質がよくて、形式が悪いのにあたる。

 結果さえよければ、あとはどうでもよいではないか、とできなくはない。結果論はなり立たなくはないけど、それだと形式の手つづきがおろそかになっている。まっとうな手つづきをふんでいないから、義務をはたしていない。やるべきことをやっていないことになる。

 やりかけたままになっている。形式を良くするのが少しやられたけど、とちゅうで終わりになっている。戦後の日本で、一九九〇年代に、政治の改革が少しだけなされた。形式論にあたるものだ。

 選挙のやり方で、小選挙区制がとり入れられたのが、一九九〇年代の政治の改革だ。政治の改革が少しだけ行なわれたけど、ぜんぜん足りていない。ちょっと改革しただけで終わってしまっているから、形式がほとんど改まっていない。

 もっとうんと政治の改革をやらないとならないのがある。選挙の制度で、小選挙区制をとり入れただけでは、十分に改革をしたことになっていない。選挙のやり方をふくめて、もっと形式のところをいっぱい改めて行かないとならないのがいまの日本だろう。

 やり直し(redo)の機会がとぼしい。機会を増やすことがなされていないから、政治の改革がとちゅうで終わりにされてしまっている。やり直しの機会を増やすようにすれば、政治の改革をもっと進めて行ける。

 失われた三〇年を、ばあい分けによってふ分けしてみると、たんに実質の日本のありようが悪かっただけではなさそうだ。実質の日本のありようははっきりとさせづらいのがあるから、人それぞれで良かったり悪かったりしていてまちまちだ。

 組みとして見てみると、失われた三〇年では実質だけではなくて形式がとくに悪かった見こみがある。民主主義が形骸(けいがい)になってしまった。選挙のしくみで小選挙区制をとり入れたけど、それがかえって悪くはたらくことになったおそれがある。よく働いていない。

 これまでに形式を改めることができていたら、いまの日本の実質はよくなっていた。その見こみがある。やり直しの機会をうんと増やす。どんどんやり直しができるようにして行く。選挙の仕組みを、もっと人々の考えが反映されやすいものに改めて行く。民主主義のぜんまいが十分にまかれるような選挙のしくみにする。

 とにかく何よりも実質としての日本のありようを良くしてほしい。多くの人たちのねがいは、実質の日本をよくしてほしいといったものだろうけど、そこでとり落とされているのが形式論だ。組みになっているうちのもう一つのものである。

 政治のお金が不正に使われている。政治のうらのお金だ。政治と宗教との悪いつながりがある。日本の政治では悪いことが多くおきている。不祥事だ。それは失われた三〇年において、形式論を改めることがなされてこなかったからだろう。形式の悪さが改められない。いっそう形式が悪くなったことによって、わざわいをもたらす。実質も形式もどちらも悪くなってしまう。

 せめて形式をよくして行くようにして、改革をなす。構造の改革だ。統治の機構を改めて行く。日本は中央への集権がつよいから、それをやめて、連邦制をとり入れる。より基本の人権がまもられやすいような統治の機構へと改めて行く。政治で記録がなされるようにして、公の文書をきちんと残す。公の文書をしっかりと管理する。日本は世襲の政治家が多いから、それがいなくなるようにしたい。

 制度の正義がある。制度をよくしていって、とちゅうの手つづきのところにうんと力を入れて行くようにしてみる。過程を重んじて行くようにすれば、失われた三〇年でおろそかにされたところのものである形式をよくすることがなり立つ。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『一三歳からの法学部入門』荘司雅彦 『考える技術』大前研一 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』西成活裕(にしなりかつひろ) 『超訳 日本国憲法池上彰(いけがみあきら) 『国家と秘密 隠される公文書』久保亨(とおる) 瀬畑源(せばたはじめ) 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明功利主義入門』児玉聡(さとし) 『法哲学入門』長尾龍一〈現代の全体〉をとらえる一番大きくて簡単な枠組 体は自覚なき肯定主義の時代に突入した』須原一秀(すはらかずひで) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『政治学入門』内田満(みつる) 『世襲議員 構造と問題点』稲井田茂(いないだしげる) 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『できる大人はこう考える』高瀬淳一 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』佐藤優(まさる) 井戸まさえ 『悩める日本人 「人生案内」に見る現代社会の姿』山田昌弘 『民主主義という不思議な仕組み』佐々木毅(たけし) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『政治家を疑え』高瀬淳一 『憲法が変わっても戦争にならない?』高橋哲哉斎藤貴男編著

女性第一(first)政治の必要性

 日本人や生活者を第一(first)にするだけでよいのか。

 日本人を第一にするのはさしさわりがある。外国人への差別になってしまうからだ。

 まだましなものなのが、生活者を第一にするものだ。ましなのはあるけど、それとは別に性をもち出してみたい。女性を第一にして行く。

 政党や政治家が、選挙をたたかうさいに、女性を第一に、を言ってもよいのではないか。そうしたことを言う政党や政治家があったほうがよさそうだ。

 うまく行けば必ずしも差別にはならないものなのが、女性を第一にのうったえだ。男性よりもまず女性を第一にするのは、すでに文化としてある。すでに文化としてあって、行なわれてきているのがあるから、その延長みたいなことで、政治で選挙をたたかうさいなんかにも言って行けばよい。

 利点としては、女性を第一にを言うことによって、男性と女性とのあいだの不平等を改めて行ける。階層(class)の差があるから、それを改めて行くようにしたい。

 性が多様化している。その中で男性と女性に分けるのは単純な分類づけだから、愚かなところはある。そこが欠点だ。分類づけが単純だとおろかになってしまう。そこに気をつけることはいる。いまは性のありようが複雑化しているから、それをくみ入れないとならない。

 差別になりがちなのが、人を分類づけすることだ。人を定義づけする。人の集団をうかつに分類づけするのはなるべく避けるべきだが、そのうえで、女性の分類だと、男性とのあいだに階層の格差があるのを明らかにできる。問題化して行く。階層の格差を少しでもなくして行きたい。

 いまは外国人への差別が強まっている。排外主義だ。外国人の中には女性がいるから、女性を第一にと言うことによって、外国人の一部を包摂することがなり立つ。国の境界の線がつよく引かれすぎているのをちょっと和らげられる。

 日本の政治に目を向ける。男性が支配している政治の世界で、むりをしているのが高市首相だとされる。むりをしているのがあり、男性の色にふかく染まっているのが与党である自由民主党高市早苗首相だろう。

 高市首相は男性の色にそまりすぎだが、それを改めて行けるのが女性を第一にを言うことだ。むりをすることがいらなくなり、気を楽にすることができれば、高市首相が政治において暴走することを防ぎやすい。高市首相がまちがった方向へ向かって行くのに歯止めをかけられる。

 能力をもっている女性がどんどん活躍できるようになれば、男性が負っている大きな負担を楽にできる。男性の負担が軽くなれば、男性がむりをしなくても良くなるから、男性にとっても益にはたらく。能力が高い女性に、ものごとをどんどん任せてしまえばよい。

 完全に正しい最終の結論といったことにはならないかもしれないが、ためしに女性を第一にを政治で言って行く。選挙をするさいなどにためしとして女性を第一にを言って行けば、日本人がいま負わされているいろいろな負担があんがい減らせる。重い負担をかかえている人が中にはいるけど、そうした人の負担をへらせる見こみがある。

 承認して、配分して行く。女性では、中高年の単身(single)のひとで苦しんでいる人たちがいるという。そうした人たちを承認して、配分して行く。そうすれば、日本の社会で排除されてしまっている人たちを救える。

 中高年の単身の女性をふくめて、苦しんでいる人たちを救うためには、日本の社会の価値観を変えることがいる。価値観を変えるために、こころみとして、女性を第一にを政治において言う。

 何を第一にするのかで、日本人だったり生活者だったりは言われはするけど、言われづらいのが女性だろう。日本の政治において、第一にといったさいに言われづらいものなのが女性であり、それを言ってみたら、日本の政治がうんとよくなって行く。日本の社会がうんとよくなって行くといったことがあるかもしれない。

 言われてはいないけど、じっさいにはそうなっているのが、男性を第一に、だ。日本の政治では、男性を第一にのあり方になっている。男性中心主義だ。そうは言ってはいないけど、言っているのと同じことになっている。

 男性を第一にの定立(thesis)が日本の政治にはあるけど、それにたいして反立(antithesis)をぶつけて行く。反立にあたるのが女性を第一にであり、それをどんどん言って行けば、合にいたれる。止揚(しよう)である。西洋の哲学でいわれる弁証法(dialectic)だ。

 日本の政治では、反立である女性を第一にが言われていないから、定立だけになっている。定立だけだと、それつまり合となるから、反立が欠けたかたちでのよくない止揚のされ方だ。ちゃんとした合にいたれていないから、日本の政治では矛盾が解決されていない。第三の道を創造できていなくて、第一の道である、男性が中心化されたままになっている。それを脱中心化して行きたい。そうすれば、男性にも益にはたらく。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『フェミニズム 思考のフロンティア』竹村和子 『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』坂爪真吾(さかつめしんご) 『サラリーマン家庭は”増税破産”する!』藤川太(ふとし) 八ツ井慶子(やついけいこ) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう』好井裕明(よしいひろあき) 『ジェンダー / セクシュアリティ 思考のフロンティア』田崎英明 『事例でみる 生活困窮者』一般社団法人社会的包摂サポートセンター編 『社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属』岩田正美 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『脱構築 思考のフロンティア』守中高明 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『政治家を疑え』高瀬淳一 『十三歳からのテロ問題―リアルな「正義論」の話』加藤朗(あきら) 『社会階層 豊かさの中の不平等』原純輔(じゅんすけ) 盛山(せいやま)和夫 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『反証主義』小河原(こがわら)誠 『九九.九%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』竹内薫(かおる) 『考える技術』大前研一

財務省批判の考察:日本財政を考える

 財務省が批判をうけているのはどうしてなのか。

 均衡や緊縮の財政をやっているのが財務省なのだとされる。それで批判をうけている。省を解体せよとまで言われている。一部においてである。

 逆からとらえてみる。逆から見てみると、批判を受けているのが財務省やその役人なのだから、よいあり方だ。悪いあり方なのではない。そうとらえることがなり立つ。

 図式をもち出す。図式では四つの段階がある。そのうちで三つ目に当たるのが批判だ。まちがいの排除である。まちがっていないかどうかを見て行く。本質をぎんみして行く。

 図式がある。四つの段階をもつ。問題、かりの見解(tentative theories)、批判(elimination of errors)、新しい問題だ。イギリスの哲学者であるカール・ポパー氏によるものである。

 本質がぎんみされているのが財務省やその役人だ。本質がぎんみされるのは良いことなのだから、その点でいえば財務省はよいあり方になっている。

 悪いあり方なのは、図式において、三つ目の過程(process)に投げ入れないことだ。財務省が三つ目の過程に投げ入れられていない。財務省の役人が、自分たちを三つ目の過程に投げ入れない。批判をうけないのであれば、財務省は悪いあり方なのを示す。

 思考が、経済性をもつ。財務省が思考の経済性をよしとするのであれば、批判を受けないことになる。批判を受けるのを避ける。日常においては思考の経済性がよしとされることが多いから、批判を受けるのを避けようとする。財務省に限ったことではない。

 反緊縮や積極の財政ではないのが財務省だ。それらではないのが財務省だけど、たとえどんなによい財政の政策論であったとしても、批判を受けないのであれば良いことではない。

 よい財政の政策論だとされているのが反緊縮や積極の財政だけど、それが思考の経済性をもつのだとよくないあり方になる。財政の考えが保守化する。固くなる。固定点と化す。財政の考えが硬直化してしまう。

 固定点と化してしまうと、批判を受けなくなる。考え直す機会をもてなくなる。考えと感情が組みになると、固定点と化すことがおきがちだ。財務省が固定点をもつのはよいことではないし、それ以外でも財政の考えが固定点をもつのはのぞましくない。

 例え(allegory)をもち出す。財務省ではなくて、かりにほかに何か悪い省があるとする。悪い省があるのだとして、その省は、図式の三つ目の過程に投げ入れられることがいる。批判を受けることが必要だ。

 その省を悪いものなのだと見なす。本当にその省が悪いのかどうかははっきりとはわからないけど、かりにその省を悪いものだと見なすのだとしても、その見なし方もまた、図式の三つ目の過程に投げ入れることがいる。批判を受けないとならない。

 改めて考え直してみたら、その省を悪いものだと見なしていたのがまちがいだった。改めて見てみたら、そんなにその省は悪いのではなかった。まちがいに気がつくことがあるから、省についてをどのように見なすのかを考え直す機会をもったほうが益になる。

 固定点と化さないようにするためには、財務省を批判して行く。本質をぎんみして行く。それに加えて、たとえどんなに良いとされる財政の考えであったとしても、それを批判して行くことがいる。図式の三つ目の過程に投げ入れて行く。

 増えれば増えるほどよいものなのが批判だ。批判が増えたほうがよいから、財務省を批判するのはよいのにしても、それだけでは十分ではない。どんどん批判を増やして行くことがいる。財政の考えのうちで、悪いものだけではなく、よいとされる財政の考えも、どんどん批判して行く。

 よいとされる財政の考えであったとしても、それがいっさいまちがっていないとはできそうにない。改めて見てみたら、よいとされる財政の考えの中に、まちがいがいっぱい含まれていた。まちがいがあることが分かった。見直しをしてみたら、よいとされる財政の考えの中にまちがいがいくつもあることがありえないではない。

 二つの立ち場があるのだとして、そのうちの一つの立ち場が財務省だ。一つの立ち場を批判するのなら、批判が増えるのだからよいことだ。さらに良くして行くためには、一つの立ち場だけではなくて、二つの立ち場があるのだったらその二つともを批判して行く。二つの立ち場をともに批判するのであれば、批判が増えることになるから、よいあり方になって行く。中立な立ち場から判断して行く。そうした思想なのが自由主義(liberalism)である。

 悪い省だとされているのが財務省だけど、そうされていることによって批判をうけているのがあるから、その点ではよい。よいあり方になっているのが財務省である。そのうえで、財務省を悪いものだと見なすのもまた批判されるべきだし、財務省をよいものだと見なすのがあるのだとすればそれもまた批判されたほうがよい。

 財務省が固くならないようにして行く。固定点と化さないようにする。保守化や硬直化するのにまったをかける。財務省にかぎらず、あるものが固くなるのだとしたら、それはよくないことだ。固定点と化すのだとよくない。固定点と化すのはおきがちなことだから、それを防ぐ。

 保守化や硬直化することこそが、よくないことだ。それらを防ぐことは、よいことである。固くならないようにするためには、図式の三つ目の過程に投げ入れて行くようにする。三つ目の過程に投げ入れなくてもよいものは無い。財務省をふくめて、あらゆるものが三つ目の過程に投げ入れられるようにして、批判をうけることがいる。

 財務省だけを図式の三つ目の過程に投げ入れればそれで日本の財政がよくなるのとはちがう。日本の財政をよくして行くためには、財政の考えが固くならないようにして、考え直す機会をたくさんつくって行く。いっぱい考え直す機会をもつようにする。

 固くなってしまっているところがあるから、もっともっとどんどん考え直す機会をもつようにして、どんどん考え直して行かないとならないのが、いまの日本の財政だろう。思考が経済性をもってしまっているのがいまの日本の財政(財政の考え)である。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫反証主義』小河原(こがわら)誠 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編 『九九.九%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』竹内薫(かおる) 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『新版 哲学・論理用語辞典』思想の科学研究会編 『自由思考』中村文則(ふみのり) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『本当にわかる論理学』三浦俊彦 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』飯田泰之(いいだやすゆき) 『リベラルアーツの学び 理系的思考のすすめ』芳沢(よしざわ)光雄 『疑う力 ビジネスに生かす「IMV 分析」』西成活裕(にしなりかつひろ) 『科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう』内田麻理香 『本当にわかる現代思想』岡本裕一朗 『現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信希望の国の少数異見 同調圧力に抗する方法論』森達也、今野哲男(企画協力、討議) 『クリティカル進化(シンカー)論 「OL 進化論」で学ぶ思考の技法』道田泰司(みちたやすし) 宮元博章(みやもとひろあき)

資源(resources)量からとらえる日本財政

 財政の創造性をいまの日本はどれくらい持っているのか。

 創造性が、落ちていっている。創造性が下がっている。それがいまの日本の財政だろう。

 向上していたり上がっていたりするのではなくて、創造性が落ちてしまっている。日本の財政の創造性が落ちているわけとしては、なぜなぜ分析で見て行ける。

 なぜなぜ分析をして行く。深い思考(deep thinking)である。民間の自動車会社であるトヨタ自動車によるものである。

 そこまで深くは見て行けない。財政についての専門家ではないからそこまで深い思考はできない。制約はかなりあるが、そのうえでなぜなのか(why so?)の問いかけをして行く。なぜなのかで、創造性の MRS の理論をもち出してみたい。

 動機づけ、資源、技術の三つによるのが MRS の理論だ。この三つによって創造性をみて行く。

 いまの日本は財政において資源(resources)がとぼしくなっている。資源の定量だ。数量(stock)である。このさいの資源とは広い意味あいでのものだ。

 いつごろから日本は財政の資源が少なくなり出したのかといえば、およそ二〇〇六年ごろからだとされる。だんだん国民に多く負担をしてもらうことがいるようになり出した。国民の負担の重みが重くなり出していった。

 国民の生活のゆとりがなくなって行く。生活が豊かではなくなっていて貧しくなり出すと、国民がもつ資源がとぼしくなる。ことわざで言われる、貧すれば鈍するになる。生活のゆとりがなくなり、資源がとぼしくなると、ものごとをじっくりと深くまで見て行きづらくなる。浅いところや表面のところしか見ることができなくなり、国の財政の創造性が下がってしまう。

 かりの話として、みんなの生活がものすごく楽だとする。生活のゆとりがありまくるのであれば、国民がもっている資源がたっぷりとあることを示す。資源をたっぷりともっていれば、そんなに国が財政でお金を使わなくてもよいようになるから、国の財政の創造性は高まりやすいだろう。国が借金をしないで財政をやって行きやすい。

 今とかつてのあいだの今かつて間がある。今かつて間の交通(communication)でみて行く。かつての小泉純一郎元首相のころと比べると、いまのほうが国の財政の創造性がより落ちている。かつての小泉元首相のころは、いまよりも資源が少なくなっていなかったので、いまよりも少しは国の財政の創造性があった。

 小泉元首相のころに言われていたのが、構造の改革だ。かつて小泉元首相のころに構造の改革をうったえることができていたのは、いまよりは少しは日本の国の財政の創造性が高かったからだろう。いまよりは、資源が少しは豊かだった。

 政治家の質をみて行く。かつてよりもいまは資源が乏しくなっているので、政治家の質もどんどん落ちていっている。政治家がもつ創造性が下がっている。いまの政治家たちと比べると、かつての小泉元首相のほうが、財政などについてはまだ創造性が少しは高かった。構造の改革を言う。痛みなくして得るものなしを言う。小泉元首相はそのようにうったえかけていた。

 もはや利益の分配の政治ができなくなっていて、不利益の分配の政治をせざるをえない。負担の分配をせざるをえないのをいちおうはうったえていたのが小泉元首相だったけど、いまの政治家たちはそれすらもやらなくなっている。不利益の分配の政治の必要性を言わなくなっていて、それが不要であるかのようにしてしまっている。

 構造の改革はやらなくてもよくて、たんに国がお金をどんどん使って行きさえすればよい。国が借金をどんどんして行けばよい。積極の財政や、反緊縮の財政の政策だ。痛みはいっさいいらなくて、痛みを抜きにして得るものだけを得られる。都合がよいことを言っている政治家がいまは多い。

 いまの政治家は、かつての政治家よりもより質が下がってしまっている。国の財政の創造性が落ちている。いまの政治家は、資源がとぼしくなっているから、勉強をするゆとりが持てないのかもしれない。資源の少なさが、政治家にとって災いしている。

 動機づけ(motivation)が下がっている。財政であれば、それを勉強する動機づけをもつことがいる。長い時間をかけて、じっくりと財政を学んで行く。政治家は動機づけをもっているのかといえば、外発の動機づけはもっているけど、内発の動機づけをもっていないことが多い。

 お金になるとか人からほめられるといったものが、外発の動機づけだ。人からの注目を集めようとする。注目を集めることに力が入れられているのがいまのありようだから、内発の動機づけが弱まりやすい。

 それそのものに関心をもつのが、内発の動機づけだ。いまのありようは、外発の動機づけがとくに高まりやすいのがあるから、それによって内発の動機づけが弱まってしまう。国の財政の創造性が落ちることにつながる。

 これから先に、資源がうんと豊かになることはのぞみづらい。日本はだいたい二〇〇六年ごろから国民への負担が増え出したのがあり、その流れが止まったり逆になったりすることはあまり考えづらい。資源がとぼしくはなっても、それが豊かになることはのぞみづらいのが現実だ。理想論と現実論をふ分けしたさいの現実論としてのものである。

 宝はたくさん持つ。日本はこれまでに蓄積されている資源がけっこうあるから、それを使う技術(skill)があれば、生かすことがなり立つ。日本は宝となる資源はけっこうあるけど、それを使う技術を政治家や国民があまり持っていない。宝となる資源を使おうとする動機づけがとぼしい。

 日本の財政の創造性を高めるためには、資源と技術と動機づけの三つを共に高めるようにして行きたい。三つのうちで資源に目を向けてみると、国民への負担がどんどん高まっていっているから、資源がとぼしくなっていっている。

 動機づけでは、外発の動機づけばかりが高まりやすくなっていて、内発の動機づけが弱まりやすくなっている。外発と内発の二つが共にないと、物事を片づけて行くことができづらい。外発にとくにかたよっていると、政治家であれば、その政治家は人々から人気があって支持を集めやすいが、創造性はいちじるしく低い。

 体制(establishment)からはあまり良いものが出てこないものである。体制の中ではなくて、その外のほうが良いものが出てくることが望める。体制の中に入ってしまうと、毒をもてない。毒があると、体制の中には入れなくて、その外に置かれることにはなるけど、すぐれたものを生み出すことにつながる。毒が薬に転じることになる。現代の思想でいわれる、毒と薬の両面の価値(pharmakon)だ。

 宝となるものは日本はけっこう持っているけど、持てる国なのとはちがう。持たざる国なのが日本だから、ゆとりがとぼしくなりがちだ。経済をよくして行くための資源がたっぷりとあるとはできづらいのが日本であり、そこが苦しいところだろう。持たざる国であることから苦しさがおきている。創造性を高めるためには持たざる国であることをくみ入れたうえで、資源と技術と動機づけの三つを共に高めて行くことがかんじんだ。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『創造力をみがくヒント』伊藤進 『「不利益分配」社会 個人と政治の新しい関係』高瀬淳一 『学ぶ意欲の心理学』市川伸一 『考える技術』大前研一 『年金の教室 負担を分配する時代へ』高山憲之(のりゆき) 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『サラリーマン家庭は”増税破産”する!』藤川太(ふとし) 八ツ井慶子(やついけいこ) 『トヨタ式「スピード問題解決」』若松義人 『日本国はいくら借金できるのか? 国債破綻ドミノ』川北隆雄(かわきたたかお) 『十八歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』井手英策(えいさく) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『目のつけどころ(が悪ければ、論理力も地頭力も、何の役にも立ちません。)』山田真哉(しんや) 『ヒトラーの正体』舛添要一(ますぞえよういち) 『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』西成活裕(にしなりかつひろ) 『哲学塾 〈畳長さ〉が大切です』山内志朗(やまうちしろう) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『現代に生きるファシズム佐藤優(まさる) 片山杜秀(もりひで) 『科学的とはどういう意味か』森博嗣(ひろし) 『環境 思考のフロンティア』諸富徹(もろとみとおる) 『言葉が足りないとサルになる 現代ニッポンと言語力』岡田憲治(けんじ) 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編

体系(system)論からの米国の対ベネズエラ行動

 アメリカが、南米のベネズエラの大統領をつかまえたことは正当化されるのか。

 ベネズエラのほかに、アメリカはグリーンランドなどにも領土としての関心を示している。領土を支配することを探っているという。

 正当性を問いかけてみる。アメリカの行動の正当性を問いかけてみると、正当化することはできそうにない。国際の法の決まりに反しているとされるのがあるから、合理化することはできないが、なぜを問いかけてみる。

 形式論なのが、国際の法の決まりだ。法の決まりをアメリカが守るのでないと、形式の支えを欠く。形式の支えがないのであれば、実質論としてのアメリカの行動の正しさが確かではない。形式の支えをぬきにして、実体としてアメリカが正しいとはできづらい。正しいかどうかが不たしかになる。

 なぜなぜ分析がある。民間の自動車会社のトヨタ自動車によるものだ。なぜそうなのか(why so?)を問いかけてみると、アメリカの行動は、体系(system)の点から見ることがなり立つ。

 関係し合うことがらが集まったものなのが体系だ。世界における部分の秩序なのが一つの国だ。部分の秩序なのがアメリカであり、ほかの国との境界の線、つまり国境をもつ。国境はあるけど、それは自然なものとはちがう。人為や人工で構築されたものだ。

 人為や人工で構築されたものなのが国の境界の線なのだから、恣意(しい)性をもつ。気ままさによる。恣意性をもっているのが国境であり、そこからアメリカがほかの国を支配しようとする動きがおきてくる。

 アメリカとはちがうが、ロシアはウクライナを攻撃している。ロシアはウクライナとのあいだで戦争をやっている。中国は台湾とのあいだで軍事のぶつかり合いをおこしかねない。台湾は中国にとって国の外とはいえないが、台湾を中国に統一するもくろみを中国はもつ。

 体系としてあるのがロシアや中国であり、国の境界の線は恣意性をもつ。自然なものとはちがうのが国境だから、国どうしのあいだに引かれた線を動かす。線が引かれているようで、引かれていないところがある。線を引き直す。自分たちに都合がよいように線を引き直そうとする。

 安定して線が引かれているのであるよりも、ゆらぐ。自分たちの国と、よその国とのあいだに引かれている線が、ゆらぐ。国どうしのあいだに引かれている線がゆらいでいるのがあり、どの国もそうしたありようだ。ていどのちがいはあったとしても、どの国であっても、国どうしのあいだに引かれた線がゆらいでいる。

 全体の秩序としてあるのが世界であり、そこにどういった線を引くのかがある。分節化だ。線の引き方によって、それぞれの国がなり立つことになる。線を引くことによってそれぞれの国はなり立つけど、そこには絶対の自明性があるのではない。自明性の厚い殻(から)があるようでいて、それがない。殻にひびが入っていっている。殻がひび割れをおこす。

 正義論からすると、アメリカがベネズエラにたいしてやったことは良いことだとはできそうにない。ロシアがウクライナにたいしてやったことは良いこととはできないのがある。正義論からするとよくないことではあるけど、なんでそうなのかを問いかけてみると、体系としての国は完ぺきに閉じたものではないことが浮かび上がる。

 すっかりと閉じたものではないのが体系としての国だ。外に開いているところがあり、まわりを線によって閉じ切れていない。線を引き切れていないのがあり、それはどの国であったとしても同じである。不完全な線の引き方になっているのが体系としての国だ。線の引き方が未完に終わっている。未完成だ。

 縮んだり広がったりするのがあり、かつての日本は膨張主義だった。拡張主義によっていた。植民地をもっていた。ほかの国を植民地として日本が支配する。かつてと比べるといまの日本は縮んでいるのがある。

 今とかつてのいまかつて間(かん)の交通(communication)でみて行く。かつてである戦前の大日本帝国の大きさからすると縮んでいるのがいまの日本だけど、そうであるからといっていまの日本のありようが本来の日本なのだとは必ずしもできそうにない。

 そのときどきで日本は縮んだり広がったりしてきているけど、いまのアメリカは広がろうとしている。ちょうど日本が広がろうとした時があるのと同じように、いまのアメリカは広がろうとしているようだ。

 ロシアや中国もまた、かつての日本が広がろうとしたのと同じように、いま広がろうとしているのがあるのかもしれない。ロシアであれば、ウクライナはいったい誰のものなのかがある。ウクライナは、ロシアのものだ。ロシアはそう見なす。中国であれば、台湾は誰のものなのかがある。台湾は中国のものだと、中国は見なす。

 アメリカとしては、ベネズエラアメリカのものだ。グリーンランドアメリカのものである。ついでに、日本はアメリカのものだ。アメリカのための国体として、日本はある。アメリカはそう見なしているかもしれない。日本にとっての超越の他者(hetero)なのがアメリカだ。天皇にあたるのがアメリカである。

 体系として国を見てみると、線を引き切れていないから、縮んだり広がったりする。うんと縮んでしまえば、その国がなくなることになる。うんと広がれば、それもまた国がなくなることになり、全体の秩序と化す。世界そのものである。世界社会(world-system)だ。もともと誰のものでもないのが世界だ。世界のうちのどこかを、誰かのものだとすることで、体系としての国ができる。

 世界のどこかを、誰かのものだとしなければならないとは必ずしもできそうにない。そこが誰かのものであることに絶対の根拠はないから、誰のものでもないし、誰のものであってもかまわないものだろう。どこが誰のものなのかをめぐって争い合うことを避けられない。

 線を引くのが未完に終わっているのが(必ず未完に終わるのが)体系としての国だから、どうしても、ここ(そこ)はいったい誰のものなのかをめぐる争い合いがなくならない。体系としての国は、その時々で縮んだり広がったりすることになってしまう。

 中国とのことでは、日本は台湾に関わろうとしているのがあるから、いまの日本は少し広がろうとしているところがなくはない。日本の歴史をふり返ってみると、日本は広がろうとするときに失敗やまちがいをしでかしている。中国と台湾のことでは、日本は少し広がろうとしているのがなくはないので、日本が失敗やまちがいをしでかしそうだ。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹トヨタ式「スピード問題解決」』若松義人 『社会学になにができるか』奥村隆編 『「縮み」志向の日本人』李御寧(いーおりょん) 『京大芸人式日本史』菅広文(すがひろふみ) 『歴史 / 修正主義 思考のフロンティア』高橋哲哉構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『国体論 菊と星条旗白井聡(さとし) 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『グローバリゼーションとは何か 液状化する世界を読み解く』伊豫谷登士翁(いよたにとしお) 『法哲学入門』長尾龍一 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『ポストコロニアル 思考のフロンティア』小森陽一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『天皇論』鷲田小彌太(わしだこやた) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『暴力 思考のフロンティア』上野成利(なりとし) 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『考える技術』大前研一 『十三歳からの日本外交 それって、関係あるの!?』孫崎享(まごさきうける)

米国のベネズエラへの軍事行動の正当性(justice)を問いかける

 アメリカは、他国にたいして悪いことをしないのか。

 民主主義の国なのがアメリカだ。

 民主主義はよいものなのだから、アメリカはほかの国にたいして悪いことはしない。ほかの国を民主化して行く。アメリカの民主主義を外へと広めて行く。

 ベネズエラの国の権力者をつかまえたのがアメリカだ。ほかの国の権力者をアメリカがつかまえたことには、批判の声がおきている。国際の法の決まりに反する行ないだとの声が言われている。

 自分の国の権力者を、アメリカがつかまえたことで、ベネズエラの人たちはみんながみんな喜んでいるのかといえば、そうとは限らないという。アメリカがベネズエラにたいしてやったことによって、ベネズエラ民主化されるのだといった受けとり方は、必ずしもされていないようだ。

 民主主義の国なのがアメリカではあるけど、それはうわべのものである。うわべの体制はそうだけど、その体制のありようをよりしっかりと見て行く。体制のありようを見て行くと、民主主義の体制でありながらも、独裁や専制(fascism)のありようになっている面があるのがいまのアメリカだろう。

 よいあり方の国なのがアメリカなのだから、ほかの国にたいしてよいことをやるのにちがいない。ほかの国を民主化するはずだ。そう言えるのであれば、それはかつてのナチス・ドイツにも同じことが当てはまる。

 あり方としては、すごくよかったのがナチス・ドイツだ。悪かったのは、人としてのアドルフ・ヒトラーである。政治家であるヒトラーは悪かったけど、かつてのドイツのあり方はよかったのがあり、そこが今のアメリカと似ているところだろう。

 その当時の、世界でもっともすぐれた憲法をもっていたのがかつてのヒトラーが権力者だった時のドイツである。かつてのドイツは、世界でもっとも進んでいると言われるほどのよい憲法をもっていたけど、それでも悪い政治家であるヒトラーが出てきてしまった。

 ナチス・ドイツがほかの国にたいして悪いことをやったのと同じように、いまのアメリカもほかの国にたいして悪いことをやるおそれがある。必ずしもほかの国を民主化するようなことをやるとは限らない。

 いまのアメリカはナチス・ドイツと同じくらいに悪いかどうかは分からない。悪さのていどは正確にはわからないけど、選挙で民主によって選ばれたのがヒトラーなのがある。

 世界において輝かしいほどにすぐれているのがドイツだ。そう言っていたのがヒトラーの時のドイツである。いまのアメリカも、世界においてもっとも輝かしい国であるのだと言う。世界の輝かしい国としてのアメリカを、ふたたびとり戻す。

 中国やロシアとはちがい、アメリカはよい国だ。うわべとしては、中国やロシアとはちがっていて、よい国なのがアメリカだとできそうではあるけど、そうとは限らない。アメリカはうわべの体制はよいけど、その体制のありようをよくよく見てみると、秩序のあり方として、専制主義へと横すべりしている見こみがある。

 専制主義なのだったら、アメリカは中国やロシアとさして変わらないことを示す。民主主義か専制主義(原理主義)かといったほどのちがいがない。専制主義になっているのだったら、ほかの国にたいして悪いことをやったとしてもそれほど不思議ではないことになる。

 分かりやすいのは、悪いあり方から悪い政治家が生まれることだ。中国やロシアのような悪いあり方から、悪い政治家が出てくる。かつてのソヴィエト連邦から、ヨシフ・スターリンのような悪い独裁者がおきてくる。

 悪いところから悪いものがおきるのだったら分かりやすいけど、良いところから悪いものがおきるのは分かりづらい。アメリカは分かりづらいことになっていて、良いあり方から悪い政治家が出てきている。よいあり方からよい政治家が出てきていないのがいまのアメリカだろう。

 ヒトラーはよいあり方から悪い政治家が出てきたことによる。分かりづらいところがあったのがヒトラーである。スターリンだったら、悪いあり方から悪い独裁者がおきたものだから、少しわかりやすさがある。そうはいっても、スターリンは国内で人々からあるていど支持されていたのがある。スターリン主義だ。

 良いものと悪いものの見分けがつきづらい。分類の線がゆらぐ。しっかりとした線を引きづらい。実線を引けなくて、破線になる。両義性をもつ。行動者とその相手とのあいだの線をしっかりと引けなくなる。表象(representation)することの相対性である。客観や本質なのとはちがう。心の中の像(image)を外に表現することなのが表象だ。

 アメリカはよい体制なのだとはいっても、そこからとんでもなく悪い政治家が出てこないとも限らない。かつてのドイツはすごいよい憲法をもっていたけど、そこからとんでもなく悪い政治家であるヒトラーがおきてきた。

 いまの時代の独裁は、ありようとしては民主主義だけど、じっさいには悪い。悪い政治家を生んでしまう。分かりづらいふうなのが今の時代である。たとえその国が民主主義によっているのだとしても、そうであるからといって独裁なのではないと結論することは必ずしもできないのがある。

 よいとされている国であったとしても、悪いところがおきてしまう。アメリカがよい国なのだとしても、悪いところがまったくないとはできそうにない。負の点(dark side)をもつ。国家主義(nationalism)などである。

 よい点ばかりではなくて、悪い点をもっているのがアメリカだろう。悪い点をもっているのがアメリカだから、ほかの国とのあいだでよい形での橋わたし(bridging)ができていない。お互いに国どうしでうまく橋わたしができていなくて、アメリカが一方的にほかの国に力によって言うことを聞かせる。

 力の宗教なのがアメリカである。アメリカが持っている大きな力があり、それによってほかの国に言うことをきかせる。いくらアメリカがよいところを持つ国なのだとしても、軍事の力(hard power)によってほかの国に言うことをきかせるのは良いことではない。

 暗い面をもつのが中国やロシアだろう。ナチス・ドイツも暗い面をもっていた。文化の力(soft power)において、ほんとうの意味あいでの厚みがうすい。何の厚みかといえば、社会関係資本(social capital)の厚みだ。

 表面だけからすると、中国やロシアは悪い、アメリカはよい、とできる。表面からするとそうしがちだけど、本質をぎんみして行く。本質をぎんみしてみると、ほんとうの意味あいにおいては、中国やロシアだけではなくて、アメリカもまた社会関係資本の厚みがうすい。専制主義のあり方におちいっている見こみがある。

 専制主義としては、全体主義、資本主義、共同体主義(communitarianism)だ。このさいの共同体主義は、いい意味でのではなくて、悪い意味においてのものだ。みんな同じ考えを持つことを強要する体制なのが、全体主義だ。

 国、市場、共同体の三つが、おたがいにけん制し合う。抑制と均衡(checks and balances)の仕組みだ。国が中性であればよいけど、考えなどのよし悪しを上から決めるようだとよくない。市場では、経済において、疎外(そがい)が強まっている。資本主義のもつ悪い面である。疎外とは、遠ざけられることだ。商品の疎外、労働の疎外(疎外された労働)、人の疎外である。

 共同体がいっぱいあって、そこに自由に人々が出たり入ったりできるのならよいけど、そうした中間の団体がへっていっている。社会関係資本の厚みがうすくなることになる。悪い意味での共同体主義がおきるのだとよくない。

 のぞましい秩序のあり方になっているかどうかを見て行く。アメリカを見て行くと、資本主義がうまく行っていないところがあり、階層(class)の格差がおきているのがあるから、専制主義のところがある。一からつくり直すことがいるのがいまのアメリカだろう。脱構築(deconstruction)して行く。

 国の中における階層の秩序の二項の対立がある。国を一からつくり直すさいには、階層の格差を改めることがいる。アメリカだったら、力の宗教だから、上の階層がとりわけ力をもつ。上の階層が力をもち続けてしまうけど、それを脱構築して行く。力の宗教のあり方をやめるようにして、下の階層をすくう。収だつされている階層や、従属している階層なのが下の階層(subaltern)であり、そこを救い出すことがいる。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『ヘンでいい。 「心の病」の患者学』斎藤学(さとる) 栗原誠子 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫脱構築 思考のフロンティア』守中高明構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『環境 思考のフロンティア』諸富徹(もろとみとおる) 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『ヒトラーの正体』舛添要一(ますぞえよういち) 『スターリンの正体 ヒトラーより残虐な男』舛添要一 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『現代に生きるファシズム佐藤優(まさる) 片山杜秀(もりひで) 『現代思想を読む事典』今村仁司(ひとし)編 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『暴力 思考のフロンティア』上野成利(なりとし) 『原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき) 『モノが語るドイツ精神』浜本隆志(たかし) 『社会階層 豊かさの中の不平等』原純輔(じゅんすけ) 盛山(せいやま)和夫 『政治家を疑え』高瀬淳一 『原理主義 思考のフロンティア』臼杵陽(うすきあきら) 『こうして組織は腐敗する 日本一やさしいガバナンス入門書』中島隆信 『市場 思考のフロンティア』金子勝(まさる) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『超訳 日本国憲法池上彰(いけがみあきら) 『個人を幸福にしない日本の組織』太田肇(はじめ) 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『組織論』桑田耕太郎 田尾雅夫

高市首相の戦争観(と平和観):三つの見なし方

 どのような戦争の見なし方を首相はもっているのか。

 中国と台湾がぶつかり合う。そうなったさいに場合によっては日本が軍事の力を使うことがある。そうしたことを言ったのが、与党である自由民主党高市早苗首相だ。

 これまでの政府よりも、より踏みこんだことを言ったのが高市首相である。中国と台湾のことについて首相が言ったことの、そのよってきたる戦争への見なし方を探ってみる。

 三つの見なし方がある。戦争の見なし方としては、正戦論、無差別戦争観、違法戦争観がある。

 三つのうちで、高市首相は違法戦争観にはあまりよっていない。どれによっているのかといえば、正戦論と、無差別戦争観だ。

 もしも高市首相が違法戦争観によっているのだとすれば、日本が中国にたいして軍事の力を使うことがあると言うことにはなりづらい。

 日本が中国にたいして軍事の力を使うのは、違法戦争観には合わない。適さない。日本の軍事の行動が、違法になってしまうからである。国際の点からすると違法である。

 戦争は違法である。そうした決まり(rule)によるようにして行く。そもそも、戦争はやってはいけないことだとするのなら、日本が中国にたいして軍事の行動をするのは悪いことだ。やってはいけないことを日本がやることになる。

 正当性を問いかけて行く。高市首相が言ったことの正当性を問いかけてみると、正当性が欠けている。日本が中国にたいして軍事の行動をおこすのは、国際の法の決まりからして正当性が欠けているので、日本は自国を合理化できない。原則論として日本は中国に軍事の行動をおこさないようにすることが、日本の正当なありようだ。

 中国が日本にたいして、攻撃をするのとはちがう。中国は台湾を支配しようとしているのであって、日本にたいして攻撃をするのではないだろう。日本が何もしなければ、中国と台湾がぶつかり合ったとしても、日本が他の国と戦争をすることはまぬがれる。

 もつべき戦争観としては、首相は違法戦争観をもつべきだ。三つのうちでもつべき戦争観はあるけど、じっさいに高市首相が持っているのはそれとはちがって残りの二つだろう。正戦論と無差別戦争観をもつ。

 倫理観や価値観として、首相がもたないほうが良いものなのが、正戦論と無差別戦争観だ。もたないほうがよい二つの戦争観をもっていることがおしはかれるのが高市首相である。

 中国にたいして場合によっては日本が軍事の力を使うことがある。そうしたことを言ったのがあるけど、それは正戦論や無差別戦争観から導かれることになったものだろう。二つの戦争観から導かれての発言だ。

 日本は正しいのだとするのが正戦論だ。戦争と正義がじかに結びつく。正義の戦争であれば、よい。どのような戦争であったとしても悪いのだとはしない。

 現実論によるものなのが無差別戦争観だ。正義とは切り離して戦争を見る。国のもつ力のちがいを見て行く。

 現実論として見てみると、じっさいに戦争がおきてしまっている。世界で戦争がおきているのは否定できないのはある。ロシアとウクライナとのあいだの戦争がある。

 起きないだろうとされていても、起きてしまう。生起する確率が低くて、ほぼ〇割だろうとされていても、完ぺきに〇割だとは断定することができづらいのが戦争だろう。起きないだろうとされていても、起きてしまった事例があるから、生起の確率からすると戦争がおきることは〇割だとはできそうにない。

 日本のまわりで、いっさい戦争がおきないのだとは断定できないのがある。ずっと日本の平和がこれから先に保たれつづけるといった絶対の保証があるのとはちがう。日本が加わるかたちで戦争がおきたり、(日本がじかに加わるのではないのにせよ)日本のすぐ近くで戦争がおきたりすることはありえる話である。

 おだやかで安らかな所に日本があるのだとはできづらい。日本が置かれているのは地域としては東アジア(東北アジア)だ。力をもった国々がひしめいている。国どうしでお互いに結びつき、まとまり合う多国間の仕組みがまだ作られていないでいる。

 それなりの大きさの軍隊をもつ国がいくつかあるのが東アジアだ。中国、北朝鮮アメリカ、ロシアである。経済の力が高いのもあり、東アジアの国々をすべて足し合わせると、アメリカを超える。アメリカの国民総生産(GNP)を超えるほどの大きさをもつ。

 いまの(これまでの)日本はいちおう平和だけど、平和はじかには定義づけできづらい。消極の定義づけができるのにとどまる。とりあえず戦争がおきていないのであれば平和だとできる。戦争がおきていないのであれば、さしあたって平和だとはできることになる。本当の意味で平和なのかどうかは不明である。

 戦争をしたいのではなくて、国を守って行くようにする。日本を守るのだとしながらも、高市首相は、正戦論によっている。日本が正しいのであれば、戦争をしてもよい。正義のためであれば、戦争をするのはありだとする。

 無差別戦争観によっているところがあるのが高市首相だけど、現実論としては否定できないものではある。台湾は正式には国ではないけど、日本のすぐ近くで、国どうしが戦争をやり合う。中国と台湾がぶつかり合うことがいっさい起きないとはできないから、無差別戦争観が当てはまるところがないではない。

 少しも正しくないのではなくて、甘く見ればほんの少しは当たっているところがあるのが高市首相が言ったことだろう。わずかに当たっているところはあるものの、首相が持つべきふさわしい戦争の見なし方であるとはできないのがある。

 今とかつての、今かつて間の交通(communication)を見て行く。かつては正戦論や無差別戦争観が重みをもっていた。戦争は違法だとはされていなかった。かつてのあり方によるところがあるのが高市首相のあり方であり、歴史の進みをあと戻りさせているところがある。

 かつてから歴史が進んだことによって、戦争が違法であるとされるようになった。かつてからだんだん歴史が進んだことによって文化の力(soft power)が高まったのがあり、それで今にいたっている。

 今における文化の力の高まりぐあいを見て行く。たしかに、ロシアとウクライナのあいだで戦争がおきてしまったように、歴史の進みをあと戻りさせようとする動きがあるけど、そうかといってかつてに回帰できるのとはちがうだろう。

 そっくりそのままかつてのありように回帰できるのだとすると、不回帰点(point of no return)がまったく作られていないことを示す。今とかつての間に、まったく断絶がないことを表す。切断がないことになる。

 再びかつてのような、まだ文化の力がそこまで高まっていなかったころに回帰できるのではなくて、あるていど文化の力が高まっているのが今なのだから、それを十分に組み入れて行く。歴史においての達成をくみ入れて行く。

 かつてにおける負のことがらの悲しみ(pathos)をもつ。日本がかつてにおかした歴史の大きな失敗からくる悲しみを抱きしめて行く。日本の失敗や敗北や敗戦を抱きしめる。

 文化の力の高まりを十分に生かすためには、高市首相のように、政治家がまちがったことを言ったら、それにたいして批判の反応をばしばしやって行くことがいる。本質をぎんみして行く。

 政治家のまちがった言動にたいして、批判の反応をやって行く。批判の反応をやって行かないと、文化として劣っていることになる。いまの日本は、文化の高まりを十分に生かせていない。政治家による、歴史の進みをあと戻りさせる動きに、同調してしまう。よくない政治家のありようには、不同意して行く。不同意の反応を示すようにして行く。

 わるい政治家には不同意をするようにする。高市首相がまっとうな戦争観をもつことをうながしたい。首相は違法戦争観によるようにして、中国にたいして日本が軍事の行動をおこさないように、抑制をきかせる。日本の国において、抑制と均衡(checks and balances)をきかせるようにして、権力を監視(check)して行くことが日本の平和にとっていることである。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹 『戦争の克服』阿部浩己(こうき) 鵜飼哲(うかいさとし) 森巣博(もりすひろし) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『日本の刑罰は重いか軽いか』王雲海(おううんかい) 『知の技法』小林康夫 船曳建夫(ふなびきたけお) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『超訳 日本国憲法池上彰(いけがみあきら) 『政治家を疑え』高瀬淳一 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『歴史 / 修正主義 思考のフロンティア』高橋哲哉 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『「戦争と知識人」を読む 戦後日本思想の原点』加藤周一 凡人会 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争』松木(まつぎ)武彦 『「説明責任」とは何か メディア戦略の視点から考える』井之上喬(たかし) 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente 『スター・ワーズ 星新一の名言一六〇選』江坂遊(えさかゆう) 『失敗の研究 巨大組織が崩れるとき』金田信一郎 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『信頼学の教室』中谷内一也(なかやちかずや)

外交から考える日本の国防(防衛):外交と安全保障の政策論

 たんに、日本の国を守るようにするだけでよいのか。

 中国と台湾の対立で、日本が立ち行かなくなりかねない。そういったことで、日本を守るために、中国にたいして軍事の力を使うことがある。そうしたのが、与党である自由民主党高市早苗首相だ。

 二つのありようをもち出せる。たんに、日本の国を守ろうとするのが一つにはある。もう一つには、事前に手つづきをふむ。そもそも、日本はどういう価値観をもつのか。このさいの価値観とは、外交において、ほかの国に示すことになるものである。

 ただたんに日本の国を守ろうとするのは、一つのあり方ではあるけど、それは望ましいあり方だとはできそうにない。望ましいあり方は、事前に日本の価値観をしめすようにする。そもそも日本はどういう価値観をもっているのかをほかの国に示せるようにする。

 説明して行く。説明の責任(accountability)をはたす。日本の国を守ることの責任をはたすのとは別に、高市首相は、説明の責任をはたすことがいる。いまのところ十分な説明の責任をはたしていないのが高市首相だ。原理主義のあり方になっているところがある。

 原理主義のあり方になっているのがあるので、中国から日本の国を守ることが大事だとされている。日本を守ることの大事さが、自明性をもつ。日本を守るために、軍備の拡張をどんどんして行く。軍事費を増やすことが許容されやすくなっている。

 軍事にお金をどんどんかけて行くことの必要性は、うたがわしい。必要性がねつ造されている。それと比べて、説明の責任をはたすことの必要性は高い。日本がどういう価値観を持つべきなのかをさぐる。日本の倫理観をしめして行く。

 原理主義によるところがあるのが高市首相であり、そうした大前提の価値観をもつ。日本の国を第一とする原理主義だ。国家主義(nationalism)である。原理主義による大前提の価値観はよいものではないので、そこを批判して行きたい。

 もったほうがよい価値観や倫理観としては、日中の友好だ。日中が友愛によるようにする。友愛によるのがよいとはいっても、現実論として、日中に問題があることは否定できない。

 倫理でいるものなのが愛と尊敬の二つだ。愛にはいくつかある。いくつかにふ分けできるけど、中国にたいして愛をもつさいに、無償の愛とまでは行かなくてもよい。日本が中国にたいして無償の愛をもたなくてもよいけど、友愛はもつようにすることがいる。

 無償の愛だと、自分をなくして利他になることだから、むずかしさがある。利他主義はやりづらいけど、利己の利他主義だったら少しはやりやすい。ことわざでいう、情けは人のためならずだ。中国にたいして友愛によるようにすることで、めぐりめぐって日本のためにもなる。他国との友愛が、めぐりめぐって自国のためにもなって行く。

 友愛によるようにするのがいるけど、日中の問題はあるから、そこは現実論として否定はできない。日中のあいだに問題はあるにしても、対立するだけなのとはちがう。対立はあるが、それだけではなくて協調もして行く。日中がお互いに協調して行くことがいる。

 むぼうな戦争、権力の独裁、人権の侵害がある。日本を守るといったさいに、たんにそれに力を入れて行けばよいのではなくて、国がしでかしがちな三つの大きな失敗に気をつけたい。

 日中の問題で、日本を守って行く中で、むぼうな戦争、権力の独裁、人権の侵害がおきかねない。日本を守るためには、むぼうな戦争もやむをえない。権力の独裁もやむをえない。人権の侵害は、おきてもしかたがない。

 国の失敗が許容されかねないのがあり、そこを批判して行く。国の失敗についての許容の範囲を広げないようにする。許容の範囲をせまくして行く。失敗は許容されない。

 人権をしっかりと守って行く。平和主義でやって行く。価値観や倫理観として、日本が人権を守ることや平和主義をうち出せば、ふさわしいありようになる。よほどの例外論のことでもおきないかぎりは、原則論としてできるかぎり軍事の力を使わないようにする。国際の法の決まりをしっかりと守って行く。中国とのぶつかり合いを避けやすくなる。

 理気学で、理と気の二つからしてみると、その二つのどちらも弱さがあるのが日本だろう。理と気の二つが離れてしまっているのもある。

 理に弱さがあるのが日本であり、説明を抜きにしてしまう。はら芸のあり方だ。説明をおろそかにする。説明を抜きにして、とにかく日本を守るようにすることに価値があるのだとしてしまう。国を守ることが、最高の価値であるかのようにする。

 経済のやり取りがさかんなのが日中である。経済の交通(communication)が深いのが日中であり、これは理と気のうちで、気にあたるものだ。国どうしで経済の結びつきが強ければ、理と気のあいだが離れづらい。

 国どうしで緊張がおきて、経済のやり取りがあまりなされなくなってしまうと、理と気のあいだが離れてしまう。経済で、中国ばなれがおきて、中国を抜きにしてやって行こうとなると、理と気のあいだが離れてしまい、理気学からすると悪いあり方になる。理によって、中国はけしからんとするのが強まる。

 いまの日本は、日中の問題があり、理と気のあいだが離れ出していそうだ。これからその二つがますます離れていってしまうかもしれない。理によって、中国はけしからんとか、中国人はけしからんといった一面の見なし方が強まるのはのぞましくない。

 理と気のあいだが離れないようにして、二つを近づけて行く。理気学からすると、理と気のあいだの距離が離れないほうがよいから、日中の交通を深くして行きたい。気のところのものである、経済のやり取りを、増やして行く。国の境界の線(borderline)をこえて行く。日中のあいだで、越境して行くようにする。

 日本の国を守って行くといったさいに、国の境界の線を強めるのだとよいことではない。国の境界の線は弱まったほうがよい。完全に線をなくさなくてもよいけど、線は人為や人工で構築されたものであり、自然なものとはちがう。線が、ゆらぐ。線は、恣意(しい)性をもつ。共同の幻想なのが国だからである。共同幻想論は、思想家の吉本隆明氏による。

 参照文献 『カルチュラル・スタディーズ 思考のフロンティア』吉見俊哉(よしみしゅんや) 『逆説思考 自分の「頭」をどう疑うか』森下伸也(しんや) 『橋下徹の問題解決の授業 大炎上知事編』橋下徹原理主義と民主主義』根岸毅(たけし) 『十三歳からの日本外交 それって、関係あるの!?』孫崎享(まごさきうける) 『憲法という希望』木村草太(そうた) 『ポケット図解 構造主義がよ~くわかる本 人間と社会を縛る構造を解き明かす』高田明典(あきのり) 『境界線の政治学杉田敦(あつし) 『ナショナリズム 思考のフロンティア』姜尚中(かんさんじゅん) 『法哲学入門』長尾龍一現代思想キイ・ワード辞典』鷲田小彌太(わしだこやた)編 『構築主義とは何か』上野千鶴子(ちづこ)編 『日本の難点』宮台真司(みやだいしんじ) 『現代政治理論』川崎修(おさむ)、杉田敦編 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『「説明責任」とは何か メディア戦略の視点から考える』井之上喬(たかし) 『人を動かす質問力』谷原誠 『韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム』小倉紀蔵(きぞう) 『あいだ哲学者は語る どんな問いにも交通論』篠原資明(しのはらもとあき) 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『歴史を繰り返すな』坂野潤治(ばんのじゅんじ) 山口二郎 『大学受験に強くなる教養講座』横山雅彦 『アジア / 日本 思考のフロンティア』米谷匡史(よねたにまさふみ) 『右傾化する日本政治』中野晃一(こういち) 『うたがいの神様』千原ジュニア 『政治家を疑え』高瀬淳一 『絶対に知っておくべき日本と日本人の一〇大問題』星浩(ほしひろし) 『グローバリゼーションとは何か 液状化する世界を読み解く』伊豫谷登士翁(いよたにとしお) 『唯幻論物語』岸田秀(しゅう) 『原理主義 思考のフロンティア』臼杵陽(うすきあきら) 『すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』小川仁志(ひとし) 『新版 ダメな議論』飯田泰之(いいだやすゆき) 『倫理学を学ぶ人のために』宇都宮芳明(よしあき)、熊野純彦(くまのすみひこ)編 『こうして組織は腐敗する 日本一やさしいガバナンス入門書』中島隆信 『徹底図解 社会心理学 歴史に残る心理学実験から現代の学際的研究まで』山岸俊男監修 『JAPAN UNMASKED : The Character & Culture of the Japanese』Boyé Lafayette De Mente