アメリカのドナルド・トランプ前大統領による自己正当化と、政治家によるカタリ

 大統領だったさいに、さまざまなよいことをなした。さまざまな政治の成果をなしとげた。アメリカのドナルド・トランプ前大統領はそう言っている。

 ウェブのさまざまなソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)からしめ出しをくらっているのがトランプ前大統領だ。SNS にかなり依存していたトランプ前統領は、自分で SNS を立ち上げて、そのなかで自分で自分のことをほめたたえているようだ。

 政治家が自分で自分のことをほめたたえて美化する。自分のことを崇拝させる。あたかも独裁国家の独裁者をほうふつとさせるものだ。独裁者は超越の他者になり、その下にいる者たちを動かして行く。下にいる者たちを自発に服従させるのである。他律性(heteronomy)による。

 さかんに自分がなしたことを自分でほめたたえているのがトランプ前大統領だ。ことわざでは能あるたかは爪を隠すと言われている。爪を隠すのではなくてさかんにおもてに出していっているのがあり、それからするとトランプ前大統領にほんとうに能があるのかには疑問符がつく。にせものの爪であるかもしれない。

 トランプ前大統領が自分で SNS を立ち上げて、その中で自分で自分のことをほめたたえていることに見うけられることとはいったいどのようなことだろうか。トランプ前大統領は政治家としての自分の成果をほこる中で、SNSアメリカの大統領を象徴する図(紋章)に似せたものを用いているのだという。

 トランプ前大統領がもっているだろう思わくは、自分のことを正当化することである。政治家だったさいに自分がなしたとする成果をほこることによって、自分を正当化する。そのさいにアメリカの国にちなむ感情の象徴(miranda)や知の象徴(credenda)を用いているのである。

 アメリカの国にちなむ感情の象徴や知の象徴を用いることで、人々に集団の陶酔を引きおこす。人々に集団としての酔いをもたらす。そこから目ざめることをはばむ。人々が集団としてずっと酔いつづけてくれていれば、トランプ前大統領が権威を持ちつづけることができる。

 しばしば国の政治家が行なうのがカタリであり、自分のことを正当化することだ。それが見てとれるのがミャンマーの軍事政権のあり方だ。ミャンマーの軍事政権は自分たちがやっていることがあくまでも正しいとしているのであり、自分たちのことを正当化するカタリによっている。他からの批判を受けつけない閉じたあり方だ。

 政治家は表象(representation)であり、国民そのもの(presentation)ではない。表象であるために政治家は国民そのものとのあいだにずれをもつ。国民にたいしてうそをつく。政治家が自分のことを正当化することを言っているさいに、そこにうそが少なからず含まれている見こみは低くはない。

 上から正当化することによって、それを下に押しつける。上から下に正しさを押しつけるのだと、国家の公が肥大化して、個人の私が押しつぶされる。国の政治家が自分たちを正当化するさいに上から下に正しさを押しつけがちだが、そうではないようにしたい。

 民主主義は人々がいろいろに声をあげることをよしとするものだから、人々が下からいろいろな声を自由にあげられるようにして行く。政治家が自分たちを正当化するカタリにできるだけまどわされないようにしたい。国家の公が肥大化しないようにして、個人の私が守られるようにすることがのぞましい。

 参照文献 『政治家を疑え』高瀬淳一 『民族という名の宗教 人をまとめる原理・排除する原理』なだいなだ 『新書で大学の教養科目をモノにする 政治学浅羽通明(あさばみちあき) 『現代思想を読む事典』今村仁司編 『公私 一語の辞典』溝口雄三 『討論的理性批判の冒険 ポパー哲学の新展開』小河原(こがわら)誠