桜を見る会のことと、負の相互作用

 桜を見る会のことについてをどのように見なすべきだろうか。人それぞれによっていろいろな見かたがなりたつのはたしかだ。いろいろに見ることができる中の一つとして、相互作用の点によって見てみたい。

 相互作用の点から見てみられるとすると、かりに与党である自由民主党安倍晋三前首相が悪いのだとして、それは安倍前首相だけが悪いのだとは言えそうにない。安倍前首相が悪いのがあるとして、それだけではなくて、その悪さを許したことがある。安倍前首相の悪さをよくないものだとするのではなくてその逆に歓迎していた。そのことによって桜を見る会のことが引きおこった。

 自分の事務所の秘書にだまされていたといったことを安倍前首相は言っているが、これはにわかには信用しづらい。うのみにはできづらい。秘書の言っていることをそのままうのみにしていたとしている安倍前首相の言っていることはうのみにはできづらいものだ。それと同じように、安倍前首相に国民であるわれわれはだまされていたのだとも言いがたいだろう。国民であるわれわれのすべてではないにせよ、その少なからずは安倍前首相にすすんでだまされに行っていたり、だまされたがっていたりしていたと言ったら言いすぎになるだろうか。

 たんに安倍前首相だけが悪い、または安倍前首相が属している与党である自民党だけが悪いのではなくて、それらを包摂する日本の社会そのものが不祥事をなす集団のようになってしまっている。日本の社会の中のある一つの部分集団が不祥事をなす集団になっているのではなくて、日本の社会の全体が一つの全体集団として不祥事をなしている。不祥事を許してしまっている。

 どこかの一つの部分だけが悪いのであればそこを責めればこと足りる。そうしたことではなくて、どこかの一つの部分だけが悪いのではないのであれば、その一つの部分だけを責め切れない。責めることをし切れない。それをし切れないのは、相互作用が働いているからだろう。おたがいに持ちつ持たれつのような悪さの関係になっている。

 ことわざでいわれる、にわとりが先か卵が先かのようになっていて、政治の権力者が悪いのか、それとも政治の権力者が悪をなすことを許してしまうほうが悪いのか、どちらが先なのかははっきりとはしづらい。日本では上に立つ責任者がいざとなったときに責任をしっかりととるようにはなっていないことが少なくない。どこに責任のありかがあるのかがあらかじめはっきりとはしていないのがある。責任の所在がはっきりとはしていない。

 政治の権力者が悪さをすることを許してしまう。それを甘く見逃してしまう。そうした下地が見うけられる。その下地に乗っかったうえで政治の権力者が悪さを行なう。もしもその下地がもともとなければ政治の権力者が悪いことをすることができづらい。その下地がなければよいが、その下地をせっせとつくり上げてしまう。その下地があることによって利益を得る者が出てくる。下地があることがあたかもよいことまたは当たり前のことであるかのように見なされてしまう。

 政治の権力者に批判を投げかけるのはよくないことだといったような下地が形づくられてしまう。その下地の上に乗っかる形で政治の権力者によって悪いことが行なわれる。まだ下地そのものがいぜんとして生きつづけているかぎりは政治の権力者が悪いことをすることが許されてしまいやすい。

 政治の権力者に批判を行なうのはよくないことだといった枠組みがとられつづけるかぎりは、そこに負の相互作用がはたらきやすい。負の相互作用がはたらいてしまうことになる枠組みをそのまま生きつづけさせるのではなくて、それを改めて行きたい。それを正の相互作用になるようにして、政治の権力者に批判を行なうことが悪いことだとは見なされないようにしたい。ちょうどよいときにちょうどよいくらいに政治の権力者を批判することはできづらい。批判がいることがわかったときにはもはや手おくれになっていることがあるから、手おくれにはならないように努めることがいる。

 政治の権力者に批判をすることが手おくれになってしまうのをうながしてしまうのが、負の相互作用がはたらくことだ。じっさいに桜を見る会のことではそうなってしまっていて、政治の権力者を批判し切ることができないでいる。政治の権力者だけを責めればこと足りたり、日本の社会の中の一つの部分だけを責めればこと足りたりするのではないものだろう。政治の権力者が悪いことをすることを許してしまい、それを歓迎してしまっているところに悪さのもとがあるように思えてならない。

 参照文献 『心理学って役に立つんですか?』伊藤進 『「責任」はだれにあるのか』小浜逸郎 『悪の力』姜尚中(かんさんじゅん) 『法律より怖い「会社の掟」 不祥事が続く五つの理由』稲垣重雄 『個人を幸福にしない日本の組織』太田肇(はじめ) 『楽々政治学のススメ 小難しいばかりが政治学じゃない!』西川伸一 『社会的ジレンマ山岸俊男 『ブリッジマンの技術』鎌田浩毅(ひろき)