日本学術会議の人を選ぶ選びかたをどうするのかで、政権が負うべき具体の義務と、会が負う努力義務のちがい

 日本学術会議の会に人を選ぶやり方にかたよりがある。多様性がない。与党である自由民主党菅義偉首相はそうしたことを言う。政権が会の人事に介入したことによって、結果として会の人を選ぶやり方が改まって多様性が出ればよいとしている。

 菅首相が会の人の選びかたについて言っていることを、具体の義務と努力義務に分けて見てみられるとするとどういったことが言えるだろうか。具体の義務は消極の義務や完全義務だ。努力義務は積極の義務や不完全義務だ。

 消極の義務は自由主義(liberalism)の他者危害原則にあたるもので、これだけはせめて守るべきだといった必須の最低限の線だ。積極の義務はその最低限の線より以上にそれぞれの人が(できれば)よいことをなすのやよいことがなされるのが求められる任意のことがらだ。この二つのちがいはあくまでも相対的なものであり、ときには消極の義務よりも(それにくわえて)積極の義務のほうがより重んじられることが中にはあり、絶対的に固定化しているものだとはかぎらないのはある。

 会の人の選びかたに多様性がなくてかたよりがあるのだと菅首相は言っているが、それは具体の義務にあたるものだとは言えそうにない。具体の義務として、これこれの属性の人をこれくらい会の中に入れなければならないと定量(数量)として会の規則で決められていて、そこに罰則がついているのであれば具体の義務だが、そうはなっていないものだろう。

 あくまでも努力義務にあたることをさも重大なことであるかのように菅首相は言っているが、そのいっぽうで政権が会の人事に介入したことが批判されているのはほぼ具体の義務に近いことだ。政権はどちらかといえば具体の義務に近いことに反することをやったことから批判を受けている。

 どちらの優先度がより高いのかといえば、政権が守らなければならなかったはずの、会の人事に政権が介入しないようにすることだろう。そちらのほうがどちらかといえば具体の義務に近く、それよりも優先度が下がるのが菅首相が言っている会の人の選びかたの多様性についてだ。

 修辞学でいわれる比較からの議論によって優と劣の二つに切り分けて対比して見られるとすると、政権が会の人事に介入しないようにすることのほうが優(優先度が高い)で、それよりも劣(優先度が低い)にあたるのが会の人の選びかたの多様性だが、政権はこの優と劣の差をわざと逆にとらえちがえている。優と劣の優先度のつけ方がちがっていて、具体の義務に近いことを努力義務に引き下げて、努力義務を具体の義務に近いことに引き上げている。

 もともとの優と劣のちがいからすると、菅首相の言っていることには飛躍がおきていて、次元が食いちがってしまっている。その飛躍や次元の食いちがいがおきているのは、具体の義務に近いことを政権が守らずに破っているのにもかかわらず、努力義務をさも具体の義務に近いことであるかのように持ち出してしまっていることによっている。

 会が努力義務を果たせていなくて努力が不十分であったのだとしても、それだからといって政権が自分たちの守るべき具体の義務に近いことを破ってよいことの理由にはならないだろう。菅首相が言っていることは、会が努力義務において努力を十分にしていないことを理由にして、それがあることから政権が自分たちが守るべき具体の義務に近いことを破ってもよいのだと言っているのにほぼ等しい。

 これだけはせめて守るようにするべきだといったことが具体の義務だから、その具体の義務に近いことを政権が破らずに守るようにすることがまず先決なことだろう。その具体の義務に近いことを破ったさいに、それを破った理由として努力義務を持ち出すのだとつながりがとれない。たとえ努力義務における努力の不十分さを持ち出したとしても、それだからといって具体の義務に近いことを破ることとのあいだの関連性を見いだしづらい。

 政権は具体の義務と努力義務とのちがいをとらえられていなくて、それらのちがいがあることをないがしろにしていて、二つをごちゃ混ぜにしてしまっている。おなじ義務であっても、政権が守らなければならなかった、会の人事に政権が介入しないようにする義務のほうがより重みが重い。それよりも重みが軽いことにあたるのが、会の人の選びかたの多様性であり、それはあくまでも努力義務にあたることだろう。

 政権は、自分たちの負っている義務のもつ重みをかってに軽いものにしてしまい、会が負っている軽い重みのところを必要より以上に重くしている。重みづけがおかしくなっているために、政権の言っていることはほんらいつながり合わないことを無理やりに強引につなぎ合わせようとしていて大きなみぞや隔たりが空いているのが目だつ。

 参照文献 『もっと早く受けてみたかった 法律の授業』浜辺陽一郎 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『究極の思考術 あなたの論理思考力がアップする「二項対立」の視点十五』木山泰嗣(ひろつぐ) 『双書 哲学塾 自由論』井上達夫 『貧困の倫理学馬渕浩二