子どもの人権と、自己決定(愚行権)の範ちゅうと価値

 子どもの人権において、子どもを客体として、自己決定できない者とするのはおかしい。それは子どもの人権をおとしめることになる。子どもを主体として、自己決定できるものとして見ることがいる。ツイッターのツイートではそう言われていた。

 このツイートでは極端なことが言われていて、子どもが近親相姦をしたいという気持ちをもったり、子どもが自己決定で売春をしたりすることもくみ入れないとならないのだという。

 大人と子どもがまったく同じであるのなら、子どもが客体としてあつかわれて、主体による自己決定ができないのはおかしいことかもしれない。そうではなくて、大人と子どもがちがっていて、区別されるのであれば、大人と子どもをちがうあつかいにしてもおかしいことには必ずしもならない。

 子どもの人権というさいに、その人権というのは、子どもが何かやりたいと思ったことを、何でもできるものだとは見なしづらい。何かやりたいと思ったことが何でも許されるのが人権だというのではないだろう。そこには、よりよき生といったことや、やりたいことがじっさいにやれるかや、やろうとすることがどういうことなのかを吟味することが関わってくる。

 子どもの人権ということで、子どもが客体ではなくて、主体としてあつかわれて、自己決定をとることがあるのであれば、事理弁識(分別)能力や、行動制御能力があることが求められる。ものごとの理非曲直をわかっていないとならない。大人であればそれらがあることが想定されるが、子どもはまだ発達の途上だ。そのぶんだけ主体としてのあつかいや自己決定が少し制限されるのは合理的ではないだろうか。大人であったとしても、みながもれなく分別やわきまえを十分にもっているのではないのはたしかだが(他人ごとではないのはある)。

 子どもの人権というさいに、そこで言われている子どもというのは、おもに弱者として想定されているものだろう。弱者であるから子どもの人権は侵害されがちになる。侵害されることがおきないように、改めて行くことがいる。

 子どもが客体ではなく、自己決定ができる主体なのであれば、それは弱者とは言いづらくなる。子どもの人権というふうに言うのは、子どもが客体の面をもち、大人のように十分な自己決定ができる主体にいたっていないのが大きい。

 子どもを客体としあつかい、大人のように自己決定ができる主体だとは見なさないのは、必ずしも子どもの人権を侵害することにはならないだろう。そうであるのは、ひとつには、子どもということでさし示されるものの射程があいまいなのがある。子どもとは言っても、それがさす射程は広いので、いったいどの年齢の子どもをさしているのかが明らかとは言えそうにない。

 大人は子どもとはちがい、客体ではなく主体ということで、個人の自己決定がよしとされるのはあるが、自己決定であるのなら何でもよいということは必ずしも言えないものだろう。できることであれば、不健康や不健全なものではなくて、健康や健全な自己決定のほうがのぞましい。

 社会は、個人ができるだけ健康で健全な自己決定ができるように、温かい手をさし伸べられたり、助けられたりするほうがよい。温かい手や助けが足りていないために、不健康や不健全な自己決定をしてしまうことがおきてくる。

 このさいの、健康や健全や、不健康や不健全というのには、特定の価値の判断が入りこんでしまっているのは否定できない。偏りがあるのはまぬがれられるものではないが、個人のすべてが幸福で充実した生活を送れるように、温かい手や助けが十分にさし伸べられたほうがよいのだというのが理想論としてはある。

 大人としての、主体による自己決定は、できるだけ重んじられたほうがよいものではあるものの、そのいっぽうで主体ということが絶対化されず、相対化されたほうがよいのが場合によってはある。それぞれの主体がまちがいなく正しい判断をするとは限らない。

 思想家のカール・マルクスは、人間の意識は、その人間をとり巻く社会によって規定される、と言っている。その人をとり巻く社会や環境のいかんによっては、ときにはすごくおかしい自己決定や判断をしてしまうことがないではない。または、自分がこうしたいとする自己決定や判断が、その人をとり巻く社会や環境によって阻害されることがある。

 個人の主体による自由な自己決定を重んじつつ、父権主義(パターナリズム)による干渉や誘導のようなことがとられてもよいことはときにはあるだろう。子ども(未成年)の教育ということであれば、なおさらそれがいることは少なくない。それとともに、個人ができるだけ幸福でいられるように、社会や環境が硬直化せずに、核となる大事なところは保ちながら、柔軟に改まれる可塑(かそ)性があることがのぞましい。

 参照文献 『事例でみる 生活困窮者』一般社団法人社会的包摂サポートセンター編 『功利主義入門』児玉聡 『学校と子どもの人権』牧征名(まきまさな) 『議論入門 負けないための五つの技術』香西秀信 『裁判官の人情お言葉集』長嶺超輝 『裁判官の爆笑お言葉集』長嶺超輝 『プロ弁護士の「勝つ技法」』矢部正秋 『本当にわかる論理学』三浦俊彦