キャラクターの表現の自由と、キャラクターについての(感想を言う)表現の自由

 ノーベル賞を解説する NHK のサイトに、女性のキャラクターが使われている。このキャラクターは性的な身体性を強調して描かれているととらえられるので、識者から疑問が投げかけられている。

 疑問を投げかけている識者は、表現の自由という文脈において、NHK のサイトにある女性のキャラクターの負の面をとり上げている。表現の自由の文脈において、この女性のキャラクターはどうなのかということだ。

 この識者による疑問の投げかけは、一つの意見として悪くないものではないかと個人としてはとらえられる。NHK のサイトにある女性のキャラクターに負の面があるという識者による疑問の投げかけは、それ自体が一つの表現(言論)ということができる。表現の自由の中で、この識者が感じたこと(思ったこと)をあらわしているものだ。

 女性のキャラクターについてを見てみると、外示(デノテーション)と共示(コノテーション)があるとすることができる。外示では、魅力的に描かれている女性のキャラクターだとできるが、共示では、それが暗に意味しているものがあるとできる。間接的に、魅力のある女性とはこういうものである、という意図や思想のようなものをあらわしていると受けとれる。そこに問題があるということは見かたによっては言えるだろう。

 女性のキャラクターの描かれ方が、どういうものであればふさわしいのかというのは、難しいものがあるかもしれない。どういう描かれ方であればふさわしいのかは、どういうものであるべきかによる。どういうものであるべきかの規範は、一方的な押しつけになると反発がおきることになる。相互に了解ができればよい。

 興味のない人に、少しでも興味をもってもらう、という目的があるとして、その手段として、魅力的な女性のキャラクターを必ずしも用いることがいるのかどうか。誰に(誰を対象にして)興味をもってもらおうとしているのか。不快感や嫌悪感を示す人がおきてくることにたいする配慮はあるのか。不快感や不満感をもつのは人それぞれの好みによってくるものではあるが、そうした人がおきない手段があるのであれば、なるべくそれを用いるのも手だろう。