自虐史観におちいらないようにする歴史修正主義(自由主義史観)は、大本営発表のくり返しのおそれがある

 自虐史観ではない歴史をあらわす。それで新しい歴史の教科書がつくられている。自虐におちいらない歴史をあらわすということだけど、その中で、言葉の言い換えが行なわれているのだとしたら、戦前や戦時中に行なっていたこととまったく同じことをやっていると言わざるをえない。

 戦時中には、国は国民にたいして、敗北や退却であるのにもかかわらず、そうとはせずに転進(スピンアウト)または玉砕なんかと言っていたという。侵略のことを進出としていた。本当のことを言わずに、国民をだましていたのである。そこから反省するのならまだよいが、同じことを戦後にもまたくり返すのだとしたら、失敗が生かされてはいない。

 言葉の言い換えは、いまの政権与党である自由民主党によってさかんに行なわれてしまっている。国会では、ご飯論法や信号無視話法がさも当然のことであるかのようにして政権与党によって用いられている。これは、戦前や戦時中に失敗したことから学習していないのをあらわしている。戦前や戦時中のあり方に回帰してしまうのではなく、否定しなければならないものだろう。