まとめないで、分けないとならない(分けないとわからない)

 ものごとを知ってゆくために、分けてみる。森◯学園や加◯学園の問題については、首相のことを分けることができる。問題に関与した首相と、していない首相である。この二つの首相がいるとすることができる。二つになるのは、分けたことによる。分けてみたのは、ものごとを知ってゆくための手としてである。

 分けることによって、差異をとることができる。これは、同一さをとらないというのをあらわす。同一さをとってしまうと、たとえば、問題に関与していない首相の一方をとることになる。他方である、問題に関与した首相を切り捨てることになる。切り捨ててしまっている方が、本当のことであるかもしれない。なので、切り捨ててしまうのはまずい。

 切り捨ててしまうのはまずいことだが、それを首相はやってしまっていると見うけられる。そう見なさざるをえない。切り捨てないようにして、分けたままにしておかなければならない。分けたままにしておくということに、耐えられないのはわからないではないが、それに耐えるようにすることがいる。そうでないと、分けたままにしておくことができない。分けたままにしておくのは、二律背反に耐えることをあらわす。

 分けたままにしておくことに耐えられなくなり、同一さをとってしまう。そうすると、問題に関与していない首相ということで象徴化してしまう。この象徴化は、自己劇化だということが言える。この自己劇化が、現実をあらわしていないのだとすると、虚構だということになる。虚構であるのだとするとまずい。現実を見るようにしなければならない。現実を見るようにするには、象徴化して自己劇化する前にさかのぼらないとならない。象徴化することによって抽象化することになるが、それによって切り捨ててしまっているものに目を向けることがいる。そこに問題を解く鍵が含まれていることが見こめる。