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約束の不履行

 日本人は約束を守るのか。これは人によるし、見かたにもよるところがあるかな。国内では、政治的不信感なんかが一部では根づよくあるけど、これは政治家が(国民への)約束をあまり守らないということを示しているのではないか。それで悪循環になってしまっているという。たとえば、自由民主党は、かつて公約の一つとして、環太平洋経済連携協定(TPP)は断固反対と言っていたが、選挙が終わってみたら、賛成になってしまった。

 自民党のことばかりをやり玉にあげるのはいささか不公平かもしれない。2020年に開催が予定されている東京五輪では、当初は予算も規模もコンパクトにして、お金があまりかからないようにやる、というふれこみだった。しかしふたを開けてみたら、予算がふくらんでしまっている。ほんらい、五輪というのは、経済成長している発展途上国でないと、かけたお金が回収できないらしい。あとで負債が残ってしまう。

 あまり例が多くはないが、このように国内の政治で見てみると、日本人は約束をきちんと守るとはちょっといえそうにない。約束をきちんと守らないというよりは、むしろ当初の見こみがちがってしまって、あとで判断をひるがえしてしまうことも少なくはなさそうだ。それほど大したことでなければ、ついうっかりのおっちょこちょいで許されるかもしれない。しかし大きなことがらなら問題だ。

 ふたたび自民党を引き合いに出してしまい、支持している人には申しわけないが、安倍晋三首相なんかでは、新しい判断として、前言をひっくり返すことがある。だから、論理(ロジック)というよりは修辞(レトリック)によって見ざるをえないところがある。お笑いでいえば、フリがあって、落ちがあるといったように、いま言っていることはあくまでフリとして見て、あとで落ちがくると予見する心づもりがいる。

 修辞であるレトリックとしては、言っていることがばく然として抽象的なものとなっている面もある。たとえば、わくわくする日本だとか、美しい日本だとかと言われても、それが具体的にどういうことなのかが明らかでない。ようはそれぞれの心や気の持ちようの問題じゃないのか、とつい言いたくなる。住めば都みたいな。もちろん、じっさいにわくわくしたり美しかったりすれば、悪い気はしないわけだけど、そういうふわっとした形容詞は気分的なものでしかないのも否定できない。

 もともと日本では、場面を重んじるきらいがあるという。場面がひとたび変われば、それまでの言っていたことややっていたことを反故(ほご)にできてしまうところがある。何となくうやむやになってしまったり、水に流してしまったりするわけだ。

 経済では、2年以内にデフレから脱却すると言っていたわけだけど、またデフレに逆戻りしたなんていう見かたもある。そもそも、デフレが悪で、(おだやかな)インフレが善とするのは、単純すぎはしないのかな。複雑系としてみたら、(デフレならデフレと)単純に規定することはできづらい。それをむりに単純にしてしまえば、実体というよりも、もはやたんなるイメージの問題でしかないような気もする。消費社会においては、物よりもイメージが先行する、といわれている。

 国外に目を転じて、対韓国とのかかわりではどうだろうか。韓国の側からすれば、日本は約束(義務)をきちんと守っていない、ときっと主張するだろう。正式に日本が国として、韓国に真摯に謝罪すべきであるのに、それをしていない。補償も十分にはしていないというかもしれない。日本は韓国からの呼びかけにまともに応じるべきなのである。

 日本の側からすれば、韓国のほうこそ約束を守っていないではないか、と言い返せるところがある。会談で合意したにもかかわらず、その合意の内容を日本の側は果たしてはいるが、向こうはそうではない。最終的で不可逆な解決だとしているのに、なかなか足並みをそろえてはくれない。

 国内においては、公共の交通機関の優秀さをあげることができる。世界に誇れるくらい、日本では電車の到着時刻が正確だといわれる。こういった正確さは、サービス提供者と利用者とのあいだで便益が共有されているからだろうか。あまりに正確さが重んじられるすぎると、非人間的になってしまうのが、悪い点といえばいえるだろう。働く人も過労で酷使されてしまうからよいことではない。

 約束においては、たとえば昔の忠の精神のようになってしまうと、問題がおきてくるのではないか。そうなってしまうと、健全な批評精神がともすると欠けてしまうと思うのだ。たとえば、国などのお上が明らさまに約束を破っても、へんな温情をはたらかせて大目に見てしまうようになる。そこは甘く見逃すのではなく、厳しく見ないとならないだろう。悪くすると、代議士どうしの約束の破りあい(指摘し合い)になってしまい、そのまま全体が沈没してゆくおそれもなくはない。現実にそうならなければよいのだが。

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