当て逃げはいけないが

 車で当て逃げをしてしまった。お笑いコンビのノンスタイル井上裕介氏は、そのことにより芸能活動の自粛をすることになった。なぜ逃げてしまったのかについて、事故がもし世間に知られたらと思ったら怖くなったからだという。一般人とはちがって、芸能人においてはたしかにそういう怖さはあるのかもしれない。

 車の事故にかんしては、個人的にはこのような認識をいちおうはもっている。自分の運転している車が、ほんの少しでも他の車と接触してしまったら、厳密にいえばアウトである。責任が生じる。そうではなく、他の車と接触さえしていなければセーフとなる。物理的に接触したかどうかで線引きができる。

 井上氏にかんしては、自分の車が相手のタクシーの車と接触したとする認識はもっていたようだ。でも相手がすぐに何も言ってこないし、程度が軽そうだったから大丈夫だと思ったようだ。ここの点についてはいささか微妙なところがある。当事者にしかわからない部分もあるだろうが、正直いって、(大丈夫だと思ったという)井上氏の心情もわからないでもないような気もする。

 ほんの軽くぶつかったりかすったくらいだと、何ごともなかったことにしてしまう誘因がはたらく。この誘因は、どう見てもほめられたものではないことはまちがいない。よくないことだから決してすすめられはしないけど、もし相手が何も言ってこないくらいであれば、大したことはなかったのだろう、とする認知のバイアスが生じることは考えられそうだ。

 いや、かりに軽い程度だとしても、音がするわけだろう。小さな音なら聞き逃すかもしれないが、はっきりと聞きとれるくらいの音がしたら、それを否認するのはおかしい。大人なのだし、子供ではないのだから、判断はできるはずだ。そうした見かたはふつうにできるわけだけど、音を心象でとらえてしまうこともありえなくはない。過小だとしてねじまげてしまう。

 法令遵守(コンプライアンス)の観点からいえば、その場で対応せずに逃げてしまうのはまずいことは疑いがない。夜であたりがわりと見えづらく、年末のせわしない時でもあり、車の事故をおこしたとしても不思議でないのだから、きちんと対応していればよかったのだと後になってみれば省みられる。

 相手であるタクシーの運転手の人は、2週間程度の怪我を負ったそうだ。怪我を負わせてしまうくらいだから、ある程度以上の衝撃があったのではないかとも見られている。医師の診断の結果ではあるだろうけど、あくまで大事をとっての可能性もあるのかもしれない。本当に 2週間(以上)かかる怪我を負ってしまったのなら、大事をとってなどという余裕はないし、完全に的はずれなことを言ってしまったことになる。

 井上氏については、飲酒運転だったのではないかとさえ疑われているようだ。さすがにそれはないような気がするが、可能性はゼロではないので、疑おうと思えばできるだろう。ただ同乗者もいたようだから、可能性としては低そうではある。

 ちょっと巨視的になってしまうが、そもそも車本位社会(モータリーゼーション)の行きすぎがいけないのではないかと感じる。そうした構造による要因にも目を向けることができるのではないか。

 車が多く走っていれば、事故はおきてもおかしくはない。もちろん対応の正しさの問題はあるが、それとは別に、車に依存せざるをえないことによる病理も見逃せないのではないか。はたして車は人間にとって味方といえるのだろうか。便益を受けているとはいえ、むしろある部分では敵とはいえないだろうか。ただこう言ってしまうと、論点のごまかしと受けとられてしまうかもしれない。